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我々を弱体化させる悪霊に打ち勝つ –
“この種のもの”!

R. L. ハイマーズ神学博士 著

ロスアンゼルスのバプテストタバナクル教会にて
2018年8月5日、主の日の晩の説教

OVERCOMING THE DEMONS THAT WEAKEN US –
“THIS KIND”!
(Japanese)

by Dr. R. L. Hymers, Jr.

A sermon preached at the Baptist Tabernacle of Los Angeles
Lord’s Day Evening, August 5, 2018

“イエスが家にはいられると、弟子たちがそっとイエスに尋ねた。「どうしてでしょう。私たちには追い出せなかったのですが。」すると、イエスは言われた。「この種のものは、祈り[と断食]によらなければ、何によっても追い出せるものではありません。」”
(マルコの福音書第9章28-29節、新改訳)

今晩私は、悪霊どもとサタンについて、J・I・パッカー博士が言うところの、「現代の教会の崩壊した状態」について、そして1859年以来アメリカで大規模なリバイバルが起こっていない理由などについて語ります。 私は、マーティン・ロイド‐ジョーンズ博士の説教の概要を基にしています。 基本的な主題と概要は、ロイド‐ジョーンズ博士によって書かれました。

“イエスが家にはいられると、弟子たちがそっとイエスに尋ねた。「どうしてでしょう。私たちには追い出せなかったのですが。」すると、イエスは言われた。「この種のものは、祈り[と断食]によらなければ、何によっても追い出せるものではありません。」”(マルコ9:28-29)

それらの二つの節について考えて下さい。 私は、それらの節をアメリカや西洋の 「崩壊した」教会の差し迫った必要性に適用します―私達自身の教会にも向けられる幾つかの要点を含んで。

今日人々は、「リバイバル」という言葉に耳を傾けないことを私は知っています。 彼らはそれについて興味が無いのです。 しかし、彼らがこのように感じる理由は、悪魔によるものです! これは悪魔が人々をその主題から遠ざけようとするのです。 ですから私は、私達の教会、また他のあらゆる教会に於いて、この重要な必要性について私が話す事に、あなた方が慎重に耳を傾けるようお祈りします。

これは、私達皆に深く関心を持たすべき主題です。 今日の教会の有様について非常な懸念を持たない限り、私達は哀れなクリスチャンです。 実際、あなた方が真のリバイバルに関心を示さないなら、あなた方がクリスチャンであるかどうか疑問に思います。 あなた方が自分達の教会、もしくは他の教会に対して懸念を示さないなら、あなた方は活気に満ちたクリスチャンとは当然言えません! 繰り返して言いますが、真のリバイバルは、私達一人一人にとって非常に興味を持たせるべき主題なのです。

ですから、マルコの福音書第9章のこの出来事について考えてみましょう。 それは非常に重要な出来事です、なぜなら、聖霊は、四つの福音書の内、マタイ、マルコ、ルカの三つの福音書で、その話題を慎重に取り上げているからです。 私はマルコの福音書から二つの節を読み上げます。 その章の前半でマルコは、キリストがペテロ、ヤコブ、ヨハネを変容の山へ連れて行かれ、そこで驚くべき出来事の彼らの目撃を告げています。 しかし、彼らが山から降りて来た時、残りの弟子達を取り囲む群衆が彼らと口論していました! イエスと一緒に下った三人は、これが何の事か理解できませんでした。 そこで、ある人が群衆から歩み出て、悪霊に取り付かれていた彼の息子が口に泡を吹き、歯ぎしりをしているとイエスに話しました。 その人は、“霊を追い出してくださるようにお願いしたのですが、お弟子たちにはできませんでした。”(マルコ9:18)と言いました。 弟子たちは試みたのですが、出来なかったのです。

イエスはその人に幾つかの質問をされ、そうして イエスはすぐにその少年から悪霊を追い出されました。 それからキリストは家に入り、弟子達も彼と一緒に行きました。 彼らが家に入った後、弟子達は、“どうしてでしょう。 私たちには追い出せなかったのですが。”(マルコ9:28) 彼らはそれを懸命に試みたのです。 彼らは以前何度もそうする事が出来たのです。 しかし、今回は全く出来ませんでした。 キリストは単に、“この子から出て行きない。”と言われ、その少年は癒されたのです。 彼らは、“どうしてでしょう。 私たちには追い出せなかったのですが。”と尋ねると、キリストは、“この種のものは、祈り[と断食]によらなければ、何によっても追い出せるものではありません。”(マルコ9:29)と答えられました。

ではここで私は、今日のアメリカの私達の教会に於ける問題を示す為に、この出来事を適用することにします。 この少年は現代の若者達を表します。 弟子達は今日の教会を表します。 アメリカの私達の教会は、若者達を援助していないことは明らかではないでしょうか? ジョージ・バーナー(George Barna)は、教会で育った88パーセントの若者達を教会は失うと話しています。 そして私達は、俗世間から極わずかな若者しか得ていません。 私達の教会は積極性に欠けた不振の状態に向かっているのです。 南部バプテスト協議会は、現在、毎年約一千の教会を失っています! それが彼らの状態なのです! 私達の独立系の教会も、ましな状態ではありません。 数字を読む人なら誰でも、私達の教会が百年前の教会からすると半分の力も無い事を理解出来ます。 ですから、J・I・パッカー博士(Dr. J. I. Packer)は、「現代の教会の崩壊した状態」を告げたのです

アメリカの私達の教会は、弟子達のように出来る限りを尽くしています、それでも、大成していません。 少年を助けようとした弟子達のように、彼らも全く出来ないのです。 私達の持つべき疑問は、「どうして私達には追い出せないのか?」ということです。 その原因は何でしょうか?

このマルコの福音書第9章で、キリストがこの疑問に正に対処対しているように思えます。 そして、キリストの応答は、当時と同じほどに、今日でも重要なのです。

“弟子たちがそっとイエスに尋ねた。「どうしてでしょう。私たちには追い出せなかったのですが。」すると、イエスは言われた。「この種のものは、祈り[と断食]によらなければ、何によっても追い出せるものではありません。」”(マルコ9:28-29)

このテキストは三つの明白なポイントに分けられます。

I. 最初のポイントは、“この種のもの”です。

なぜ彼らには追い出せなかったのでしょうか? キリストは、“こののものは、祈り[と断食]によらなければ、何によっても追い出せるものではありません。”と言われました。 キリストは、それら悪霊には個々の違いがあると言われたのです。 過去に、キリストは彼らに説教して悪霊を追い出す為に、彼らを遣わされました―彼らは外に出て行き、説教し、そして多くの悪霊を追い出しました。 彼らは喜んで戻ってきました。 彼らは、悪魔が彼らに服従したといいました。

ですから、この人が彼の息子を連れてきた時、弟子達は以前と同様、彼らはその少年を助ける事が出来ると確信していたのです。 しかし、今回は全く出来ませんでした。 彼らは努力したにもかかわらず、少年はまったく助けられず、彼らは疑問を持ったのです。 そして、キリストは“この種のもの”について語られました。 “この種のもの”と、以前対応した種のものには違いがあったのです。

ある意味では、問題はどの時代に於いても同じです。 教会の使命は、若者達をサタンと彼の悪霊どもの力から開放する事です。 “私たちの格闘は血肉に対するものではなく、主権、力、この暗やみの世界の支配者たち、また、天にいるもろもろの悪霊に対するものです。”(使:26:18) それは、あらゆる時代、また、あらゆる文化に於いても常に同様です。 教会は常にサタンや悪霊どもに対処しなければならないのです。 しかし、悪霊どもの間には違いがあります。 それは悪霊ども全てが同じではないのです。 使徒パウロは、“私たちの格闘は血肉に対するものではなく、主権この暗やみの世界の支配者たち、また、天にいるもろもろの悪霊に対するものです。”(エペソ6:12)と言いました。 パウロは、さまざまな悪霊のレベルがある事を告げています。 彼らの指導者は、“空中の権威を持つ支配者として今も不従順の子らの中に働いている霊”(エペソ2:2)であるサタン自身です。 サタンは力強く生きています。 しかし、彼の下には、程度の低い悪霊の力があります。 弟子達は容易にその悪霊を追い出す事が出来ました。 しかしここでは、その少年内には、より強い悪霊がこもっていました。 “この種のもの”は他とは異なり、はるかに大きな問題です。 私達がまず最初に見出さなければならないことは、今日私達が対処しなければならない“この種のもの”とはどのようなものなのかということです。

“この種のもの”という言葉に注目する場合、今日の非常に多くの牧師達が、私達の挑む戦いは霊的なものであることを理解しているのでは、と私は考えます。 ほとんどの牧師が、彼らの奉仕は悪魔や悪霊との戦いである、とは全く考えていないと私は確信します。 神学校やバイブル・カレッジでさえ、人間による方法に大なる強調を置いており、彼らの主要な問題は、霊的な領域にあるとは、説教者達に教えていません。

ですから、彼らは、過去に於いて成されたある一定の方法を行い続けるのです。 彼らは、それらの古い方法が、今日の“この種のもの”に対応しない事に気づいていないのです。 誰もがその必要性を感じているのです。 しかし、問題は―その必要とは何なのでしょうか? 今日のその確かな必要性を認識するまで、その少年と一緒にいた弟子達と同じように、成功しないでしょう。

今日、“この種のもの”とは何でしょうか? “この種のもの”は実存主義の悪霊です。 実存主義とは、あるものを体験するならば、それは実存すると言っています。 今日の人々の心は、「感情の悪霊」によって目をくらまされています。 感情の実存主義の悪霊は、あなた方は精神の浄化を体験しなければならない、と語っています。 その悪霊は、あなた方がそのようなフィーリングを感じるなら、それはあなた方が救われたことを証明する、と言っているのです。

これらの目をくらまされた人達は、裁きをなさる神を信じません。 彼らはフィーリングだけを信じているのです。 彼らは、救われるにはフィーリングが必要だと思っているのです。 彼らは、自分達が救われたことを証明する 「確信」を必要としています。 彼らの「確信」は偶像です! 彼らはイエス・キリストではなく、彼らのフィーリングを信じているのです! 私達が彼らに、「あなたはキリストを信頼しましたか?」と尋ねると、彼らは「いいえ」と答えます。 なぜそう答えるのでしょうか? 彼らは適切なフィーリングを感じなかったからです! 彼らはキリストではなく、自分のフィーリングを信じているのです。 “この種のもの”の悪霊は、祈りと断食によってのみ打ち負かすことができるのです! 私達は、“この種のもの”の支配を打ち砕く為に、断食をしなければなりません。

II. 二番目のポイントは、役に立たなかった方法です。

私は、教会が過去に非常に有益な事を行っていた事を知っています。 しかし、もはや“この種のもの”にはあまり効果がありません。 古い方法にこだわっているので、私達はほとんどの若者を失うのです。 そして、この俗世間からひとを回心させることはほとんど出来ません。 誤解される恐れがあるので、私は教会の日曜学校をそのカテゴリーの中に置きましょう。 それは125年前には非常に有効でした。 しかし今日、それはほとんど何の価値も無いように思えます。 トラクトについても同じことが言えます。 且って、人々は実際にそれを読み、教会にやって来ました。 しかし、私は牧師先生方にこう尋ねましょう、「あなた方の教会の中に、トラクトを読んで教会に来て救われた若者がいるでしょうか?」 今日、“この種のもの”は、過去に用いられていた方法に適切に対応していない事は明らかです。 また、私は戸別訪問をそのカテゴリーに加えます。 これは過去に於いて、力強よく用いられましたが、私達が“この種のもの”に対処している現在、若者を教会へ導き入れる為には役に立ちません。

それらが“この種のもの”に適用される時、今日、それが通用しない事が多くあるのです。 言い換えれば、キリストは、「あなた方は、この場合には出来なかったのです、なぜなら、あなた方が持っている力は、そのことに対して十分では無く、価値のないものだったからです。 ですから、“この種のもの”の支配下にいる少年を助ける為には、あなた方は無力だったのです。」と言われているのです。

過去に私達が成した奉仕の多くは、現在役に立たないと気づいている牧師がいる事を私は知っています。 しかし彼らは、サタンの“策略”(コリント第二2:11)ではなく、むしろ方法論について考えるように訓練されています―従って、彼らは古いものとさほど効果に変わりのない新しい方法に幅広く切り替えるのです。 つまり、もし私達が 若者達を教会の中枢のメンバーにしようと試みるならばの話です。 例えば、ある人達は、その解決策は若者達に、創世記の創世の記述は真実であり、進化論は誤っていることを「証明」することであると言います。 彼らは、私達が進化論を反証し、創世記から答えを納得させる事が出来るなら、教会の若者達は回心し、俗世間から他の若者達を導き入れられるであろうと考えます。 彼らはこの方法によって、現在の状況に対処できると考えているのです。 ロイド‐ジョーンズ博士は、「それは、人々が彼らの信仰を[弁証論]にピン留めしていた18世紀の初めと全く同じ方法である。 彼らが私達に教えたこれらの事は、キリスト教の真実さを表するものであるが、彼らはそうしなかった。 “この種のもの”は、その線では、何ら応対できないのである」と言われました。

役に立たないもう一つの方法は、現代語の翻訳の使用です。 若者達は、キング・ジェームズ版の聖書が理解出来ないと聞きました。 必要なのは、今日の言葉に訳された聖書が必要である、そうすれば、若者達は聖書を読むでしょう。 そうすれば、彼らは「これはキリスト教です」と言うでしょう―そして、彼らは群れをなして教会にやってくるでしょう。 しかし、そういう事は起こっていません。 実際、全く逆の事が起こっています。 私は六十年間、ほぼ排他的に若者と共に働いています。 これらの現代語の翻訳は、若者の興味を全く引き付けないことを私は知っています。 実際、私は彼らの多くが「それは適切でないように思える、聖書の御言葉ではないようです」というのを耳にしました。

私は、現代語の翻訳の聖書から説教した事は一度も無く、またそうしないでしょう。 キング・ジェームズ版の聖書を使う私達自身の教会で育った若者達と俗世間からの若者達が、回心するのを絶えず目にします。 これらの現代語の翻訳の価値がどうであれ、それらは問題の解決とはなりません。 それらは、“この種のもの”とは対応しないからです。

彼らは他に何を試みているでしょうか? ああ、大きな問題点は現代音楽です! 「適切な音楽を取り入れなければならない、そうすれば彼らは教会に入ってきて、クリスチャンになるだろう」。 悲しい事です。 本当に私はそのことについてコメントしなければならないでしょうか? ロサンゼルスに、施設を賃貸して集会を行っている南部バプテスト協議会派の教会があります。 牧師はTシャツを着てスツールに腰かけています。 彼が話す前に、約一時間程のロック・ミュージックが演奏されます。 私達の教会の一人がそこへ行って見てきました。 彼は愕然とし、その集会が暗く、悲惨で、まったく霊的ではなかった、と私達に報告しました。 彼らは伝道はしない、そして彼らが、私達の教会の若者のように一時間も祈るなどとても想像出来ない、と彼は言いました。 一時間の祈りに集中する事など、問題外です! ですから、現代のロック・ミュージックもまた、“この種のもの”を克服する事は出来なかったのです。

III. 三番目のポイントは、私達には、その邪悪な権力に達し、それを打ち砕く何ものかが必要であり、そうする事が出来るのは一つだけ、それは神の力であるという事です!

ロイド‐ジョーンズ博士は、次のように述べています。「私達は、如何に“この種のもの”が巨大であろうとも、神の力ははるかに偉大である。 そして我々に必要なものは、さらに多くの知識、さらに深い理解力、多くの弁明、[新たな翻訳、もしくはロック・ミュージック]―いや、そうではなく、人の魂に入り込み、彼らを砕き、彼らを打ち、彼らを謙虚にさせ、そして彼らを新たにする力が、私達に必要なのである。 それが生ける神の力である。」 そうして、それが私達をテキストに戻します、

祈りと断食。 それ以外には、悪魔による“この種のもの”を克服することは出来ません。 私達の教会は、今日若者達に達していません。 私達に何が出来るでしょうか? “この種のものは、祈り[と断食]によらなければ、何によっても追い出せるものではありません。”

“どうしてでしょう。私たちには追い出せなかったのですが」…「この種のものは、祈り[と断食]によらなければ、何によっても追い出せるものではありません。”(マルコ9:28-29)

ある「学者」は、「最上の原稿は“と断食”とは告げていない」と言うでしょう。 しかし、その「学者」は悪魔について何を知っているでしょうか? 街頭や私達の大学のキャンパスにいる不信者達を回心させる事について何を知っているでしょうか? 現在、中国で起こっているリバイバルついて、彼は何を知っているでしょうか? 彼はそれらの事について何も知りません。 私は今までに三度リバイバルを目撃しました。 私は、それらの三つのリバイバルで説教させて頂いた特権に感慨無量です。 それらは単なる伝道集会ではありませんでした。 それらは、神の力が人の心に入り、それを壊して打ち砕き、彼らを謙虚にさせ、キリスト・イエスによって新たな人とされた時でした!

ですから、私達は、“と断食”の言葉を取り除いた二つの古代の写本には従いません。 グノーシスは断食を過度に強調しました。 ですから、シナイ写本を書き写した使徒は、グノーシス派によって使われることからその聖句を保護する為に、“と断食”の言葉を取り除きました。 「グノーシス派は飢餓寸前までも断食を実践した」(William R. Horne, Trinity Evangelical Seminary, “The Practice of Fasting in Church History,” p. 3)と言われています。 現代の「神学者達」は、写本者達がそれらの言葉を加えたと言っています。 しかし、実際は、彼らはそれを取り除いた可能性が多くあります( The Secret History of the Gnostics: Their Scriptures, Beliefs and Traditions, by Andrew Phillip Smith, chapter 5, page 1)。 私達はキリストが、“と断食”と言われたことを知っています。 それがどうやって判るか? 私達は二つの理由からそれを知るのです。 第一に、弟子達は、その事以前に悪霊を追い払う時に、祈った事は明らかです。 ですから、何かが追加されなければならなかったのです。 他に何かが必要だったのです―すなわち、断食です! 祈りだけでは十分でありませんでした。 私達は経験を通してそれを知っています。 なぜなら、私達は断食をしました、そうして、私達が心を尽くして断食をする時、神が為して下さる事を、私達自身の目で見たからです。

では、マーティン・ロイド‐ジョーンズ博士の言葉から、もう一つの引用でこの説教を終わります。 博士は、何とも素晴らしい説教者です! 何と素晴らしい洞察力をお持ちでしょうか! 神に感謝します。 別の箇所で、博士はこうのように語っています、

我々が断食についての質問を考慮すべきであるという思いが、且つて起こったであろうか。断食についての全ての主題が、我々の生活から、そしてクリスチャン達の全思考から完全に省かれているように思えることが、事実ではなかろうか?

そして、おそらく他の何よりも、それが、私達が“この種のもの”を克服することができなかった理由だと思います。

私は、一般的な断食をするよう私達の教会の方々に呼びかけます。 それについては後に知らせます。 また、いつ断食するかも知らせます。 どのように断食するか、そして、どのように断食を終えるかについても話します。

その時に、私達は教会に来て、祈祷会を始める前に食事をします。 何人かの人達は、ケイガン先生の指示に従ってしばらくの間、電話での奉仕をします。 残りの人達は祈祷に専念し、その後、ケイガン先生と私は、断食についての質問に応じます。

1. 新しい プログラムが成功するよう、その為に、私達は断食をし祈ります。

2. 新しく入ってくる若い男性の「仲間」と若い女性の「仲間」の為に、私達は断食をし祈ります。「仲間」とは土曜日、日曜日の午前、そして日曜日の晩の集会にやって来て、弟子になる事に興味のある五人ないし六人の若者達です。

3. 私達は、さらに私達の教会における回心の為に、断食をし祈ります。特に、 “この種のもの”―フィーリングを求めている人達を捕らえる悪霊に焦点を置きます。


ここで、私はイエスについて語らずしてこの集会を終えてはなりません。 私達の為すべき事は、イエスが見出されることです。 ヘブル人への手紙はこう告げています、

“ただ、御使いよりも、しばらくの間、低くされた方であるイエスのことは見ています。イエスは、死の苦しみのゆえに、栄光と誉れの冠をお受けになりました。その死は、神の恵みによって、すべての人のために味わわれたものです。”(へブル2:9)

神の御子なるイエスは、罪人の身代わりとなって死なれました。 イエスは、身体ごと、肉骨をもって、あなた方に命を与える為に死からよみがえられました。 あなた方がイエスに完全に伏する、その瞬間に、十字架でのイエスの死によって、あなた方の罪は赦されます。 あなた方が自分自身を救い主に投身する、その瞬間に、あなた方の罪はキリストの尊い血によって永遠に神の記録から清められます。 あなた方が主イエス・キリストを信頼し、彼によって罪から救われるよう、私達はお祈りします。 アーメン。 起立してソング・シートの賛美歌の第4番を歌って下さい。

みかみはしろなり たてなり ぶきなり
   あくにかたしむる つよきたすけなり
としをへたる くらきのおさ
   ひじゅつつくし せめきたるも
などかおそるべき

われらのちからは よわくたよりなし
   されどえらばれし かみのひとぞある
そはたれぞや 万軍の主なる
   キリストイエス かちをえたもう
ゆいいつのかみなり
   (『み神は城なり(“A Mighty Fortress Is Our God”)』
      by Martin Luther, 1483-1546).


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(説教終了)
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可無く複製・使用はできません。

ベンジャミン・キンケイド・グリフィス氏による説教前の独唱:
“Old-Time Power” (Paul Rader, 1878-1938).

要 綱

我々を弱体化させる悪霊に打ち勝つ –
“この種のもの”!

OVERCOMING THE DEMONS THAT WEAKEN US –
“THIS KIND”!

R. L. ハイマーズ神学博士 著

“イエスが家にはいられると、弟子たちがそっとイエスに尋ねた。「どうしてでしょう。私たちには追い出せなかったのですが。」すると、イエスは言われた。「この種のものは、祈り[と断食]によらなければ、何によっても追い出せるものではありません。」”(マルコの福音書第9章28-29節、新改訳)

(マルコ9:18)

I.    最初のポイントは、“この種のもの”です。 使徒26:18;エペソ6:12; 2:2。

II.   二番目のポイントは、役に立たなかった方法です。 コリント第ニ2:11。

III.  三番目のポイントは、私達には、その邪悪な権力に達し、それを打ち砕く何ものかが必要であり、そうする事が出来るのは一つだけ、それは神の力であるという事です!。 へブル2:9。