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クリスマス・コンフリクト

(創世記シリーズ、その66)

R. L. ハイマーズ Jr. 神学博士 著

THE CHRISTMAS CONFLICT
(SERMON #66 ON THE BOOK OF GENESIS)
(Japanese)

ロスアンゼルスのバプテストタバナクル教会にて
2012年12月9日、主の日の朝の説教

“主なる神はへびに言われた、「おまえは、この事を、したので、すべての家畜、野のすべての獣のうち、最ものろわれる。おまえは腹で、這いあるき、一生、ちりを食べるであろう。 わたしは恨みをおく、おまえと女とのあいだに、おまえのすえと女のすえとの間に。彼はおまえのかしらを砕き、おまえは彼のかかとを砕くであろう」”。(創世記第3章14-15節)

私は創世記に出てくるへびに関しての話を、作り話や神話であるかのようには決して取らないでほしいと思います。 創世記は真実の歴史として読まれるように意図されています。 そこには実際にへびがいました。 エデンの園は実際にありました。 罪を犯したアダムとエバも実際に存在しました。 その結果として、実に人類は朽ち果て、人間は完全に堕落しているのです。

ヨハネの黙示録第12章9節では、巨大な龍を“悪魔とか、サタンとか呼ばれ、全世界を惑わす年を経たへび”(ヨハネの黙示録第12章 9節)と呼んでいます。 悪魔はエバを誘惑し人類を滅ぼそうとしました。 しかし彼は、霊としてエバに現れる事はできませんでした、なぜなら、霊は実際に目で見る事が出来ないからです。 ですから彼の悪霊達がキリストの時代に豚の群に入り込んだように、彼は生物の体に入り込んだのです。 その様に、断固として人類を罪に陥れようと、サタンはへびの体の中に入り込んだのです。  

神がへびに問われた時、神はへびが罪を犯したかどうかは尋ねられませんでした。 神はすでにへびの罪を知っていました。 ですから神はこのように告げられました、

“「おまえは、この事を、したので、すべての家畜、野のすべての獣のうち、最ものろわれる。おまえは腹で、這いあるき、一生、ちりを食べるであろう”(創世記第3章14節)。

その言葉は私達の最初の父母を勇気づけられた事でしょう。 サタンは彼らの敵でした。 サタンは彼等を罪に落とし入れ、堕落させました。 彼は神の敵でもありました。 その様に神は、悪魔に神が“女のすえ”を送り、そして彼によって、サタンのかかとは致命的に砕かれ、人々は祝福されるであろうと言われました。

“わたしは恨みをおく、おまえと女とのあいだに、おまえのすえと女のすえとの間に。彼はおまえのかしらを砕き、おまえは彼のかかとを砕くであろう”(創世記第3章14-15節)。

私は、このテキストから三つの事を指摘します。

I. 最初に、その女のすえはキリストを指している。

“女のすえ”は、人間の父親を持たないエバの一人の子孫にのみを言及しています。 聖書を通じて、“すえ”とは、人から生まれ、女性によって受胎された“すえ”のみを示しています。 ですから、”女のすえ“は、奇跡的に女性の胎内に宿らされなければならないのです。 従ってこの預言は、後の処女マリアからお生まれになったキリストを明白に指しています。 処女マリアの胎内に宿らされ、キリストは罪からの救い主であることで、全てのアダムから出た子孫の不適とする罪の本質を受け継いでおられないのです。 御使ガブリエルは言いました、

“聖霊があなたに臨み、いと高き者の力があなたをおおうでしょう。それゆえに、生れ出る子は聖なるものであり、神の子と、となえられるでしょう”(ルカによる福音書第1章35節)。

“わたしは恨みをおく、おまえと女とのあいだに、おまえのすえと女のすえとの間に。彼はおまえのかしらを砕き、おまえは彼のかかとを砕くであろう”(創世記第3章15節)。

II. 次に、女のすえとへびのすえの間に対立が絶えないであろう。

神は言われました。

“わたしは恨みをおく、おまえと女とのあいだに、おまえのすえと女のすえとの間に・・・”(創世記第3章15節)。

対立、敵意、嫌悪―女のすえとへびのすえの間に、永遠に。 ジョン・ギル博士(Dr. John Gill, 1697-1771)は、“そして全歴史を通して、和解の無い嫌悪と絶え間の無い戦いのある、サタンと神の教会の間においてもそうである。 おまえのすえと女のすえとの間に・・・悪の天使と[キリストが]へびと呼んでいる邪悪な者;そして、一方に毒蛇の世代と相手方に教会のすえである神の民と:前者によって嫌悪され、迫害される後者、そしてこの出来事が起こって以来、常にそうである”(John Gill, D.D., An Exposition of the Old Testament, The Baptist Standard Bearer, 1989 reprint, volume I, p. 27; comment on Genesis 3:15)。

ここで私達は、サタンの力とキリストの力の絶え間のない、終る事の無い対立を理解します。 主イエス・キリストは、父としてサタンをもつ人達は、彼のすえである、と明白に話されました。 彼は彼らに言われました、

“あなたがたは自分の父、すなわち、悪魔から出てきた者であって、その父の欲望どおりを行おうと思っている・・・”(ヨハネによる福音書第8章 44節)。

そしてヨハネの第一の手紙で私達はこのように読み取れます、

“神の子と悪魔の子との区別は、これによって明らかである。すなわち、すべて義を行わない者は、神から出た者ではない。兄弟を愛さない者も、同様である”(ヨハネの第一の手紙第3章10節)。

へびのすえは“悪魔の子”なのです。 女のすえは“神の子”です。 これはヨハネの第一の手紙第3章10節からの言葉です。 その区別は早くから、カインが彼の兄弟アベルを殺した時に明白になりました。 カインはへびのすえでした。 アベルはキリストである女のすえでした。 聖書はこのように書いています、

“カインのようになってはいけない。彼は悪しき者から出て、その兄弟を殺したのである。なぜ兄弟を殺したのか。彼のわざが悪く、その兄弟のわざは正しかったからである”(ヨハネの第一の手紙第3章12節)。

へびのすえであるサタンの子達は、女のすえであるキリストの子達に対して、生まれ持った悪意、嫌悪、そして敵対心を抱いています。 イエスは、“へびのすえ”を“世の中”と呼びました。 悪魔の優勢の下、この今の世の中は、クリスチャンの敵なのです。 イエスは言われました、

“もしこの世があなたがたを憎むならば、あなたがたよりも先にわたしを憎んだことを、知っておくがよい。もしあなたがたがこの世から出たものであったなら、この世は、あなたがたを自分のものとして愛したであろう。しかし、あなたがたはこの世のものではない。かえって、わたしがあなたがたをこの世から選び出したのである。だから、この世はあなたがたを憎むのである”(ヨハネによる福音書第15章18-19節)。

“もしあなたがたがこの世から出たものであったなら、この世は、あなたがたを自分のものとして愛したであろう。 しかし、あなたがたはこの世のものではない。 かえって、わたしがあなたがたをこの世から選び出したのである”。 “この世のもの”はへびのすえです。 彼らは、キリストのすえである女のすえを嫌悪しています。 ですから、クリスチャンは今日、嫌悪され、そして迫害されているのです。 

あなた方は子供達に説明する必要はありません。 もし彼らの一人が真のクリスチャンになるならば、もう一人の子供は直ちに、彼に対抗して、彼をからかうでしょう。 彼らは、“お前はおりこうさんと思っているだろう!”、などのようにからかうでしょう。 幼少の時からへびの子達は、キリストの子達に対して敵意、そして嫌悪感を抱いています。 “わたしは恨みをおく、おまえと女とのあいだに、おまえのすえと女のすえとの間に”(創世記 第3章15節)。 それは教会の大人の間でも起こります。 教会に来る不信者の十代の若者たちが彼の友人の一人が熱心なクリスチャンになると、彼らはその友人を避け、彼の陰口を言い、彼を中傷し、故意に彼の過失を探し始め、彼の悪口を言いはじめます。 全ての牧師の子供は精神的な苦痛を貫きます。 何年も前に不正な人達が私達の日曜学校の責任者であった時、私自身の子供達は毎回部屋の角に立たされ、ほんの些細な事で、しばしば叱責を受けました。 それらは当然彼らの牧師に、究極的には、神に対する敵意があるからです。 教会を通し、来る全ての子供はこの試練を貫かなければなりません。 さもなければ彼らは真のクリスチャンになる事は出来ないでしょう! この子供達の賛美歌が明白に全て語っています、

主のめいうけ ひとびとを
   つれきたるは たれなるか
この世すてて ただかみの
   めいをきくは たれなるか
(『主のめいうけ』“Who is on the Lord’s Side?”
      by Frances R. Havergal, 1836-1879).

教会の多くの 大人達は、日曜学校あるいは子供達の集まりの場が常に、へびのすえとキリストのすえの間での激しい戦場である事を理解していません。 

当然、それは全ての大人達にとっても同様です。 説教者達はしばしば、彼らの教会の不信者の人達に対してすくみ、威圧されています。 今日牧師達は、なぜ彼らの教会のある人達が彼らに対立しているかを理解していません。 私は、献身的な牧師に直面している彼らの教会の最も大きな問題点は、キリストのすえでは無く、へびのすえである教会員達が原因となった混乱です。 失われた教会員は、常に彼らの教会で問題を起こしています。

この衝突は仕事場でも起こっています。 仕事場でクリスチャンは、しばしば非常に些細なことで非難され、批判されます。 もしあなた方が働いているなら、私の言わんとしている事が理解できるでしょう。 私は、あなた方自身に問題があると考えないように私はそう言っているのです。 全ての真のクリスチャンが負わなければならないのは十字架なのです。 

クリスマスはどうでしょうか? この説教は“クリスマス・コンフリクト”と題されています。 それは正当な主題です、なぜなら、今日クリスマスに関して多くの衝突(コンフリクト)があるからです。 ニュース解説者ビル・オライリー(Bill O’Reilly)は、それを“クリスマス戦争”と呼んでいます。 東海岸の州の州知事は、州のクリスマスツリーを、“クリスマス・ツリー”と呼ぶことを拒否し、“ホリデイ・ツリー”と呼んでいます。  それについての話題が大きく持ち上っています。

ビリー・グラハムの最近の『Decision』雑誌(2012年12月号)は、“世間がキリストを削除する時の抵抗”と題された記事を載せました。 その記事は、多くの母親がローカルの小学校へ来て、いろいろな祝日、宗教、そして文化について話しているのを見たある母親の話です。 彼女は、もし同じことをクリスマスについて出来るかどうか聞いたところ、“かまわない”と言われました。 彼女は、他の母親たちと同じように、ある書物から祝日について説明しました。 その書物とは聖書です。 彼女が聖書を取り出すや否や、彼女は爆弾に手をかけたように思ったかもしれません。 先生は咄嗟に、それは“駄目です!”と言いました。 あなたはそれを仕舞わなければだめです。 “それは私を恥ずかしく思わせました。 宗教であろうがなかろうが、他の書物であればよいが、聖書は駄目でした。 それは、すべての生徒の目の前で起こりました”(Decision, 12, 2012, p. 4)。

フロリダのウィンターパークに住んでいるお年寄りの方達は、自分の家でクリスマスの歌を歌うことを禁止されました。 ニューヨーク市では、州の環境保護局は、その従業員がユダヤ教のハヌカー祭の垂れ幕を持つことやインドの祭りのディワリを祝うことを許しましたが、クリスマスの垂れ幕や、赤や緑の飾り物とクリスマスツリーを禁じました。 テキサスのプラノでは、学校関係者は、“イエスがシーズンの理由”と書かれている鉛筆を生徒が配ることを禁じました。 そこの学校関係者は、ある生徒がイラクの戦場にいる兵士に“メリー・クリスマス”と書くことを禁止しました。 ニューヨーク市では、ある生徒の両親が、ユダヤ教の九本枝の大燭台とイスラム教の星の三日月と一緒に載った、キリストの生誕のシーンに文句を付けました。 連邦地方裁判所と控訴裁判所の両方は、キリストの生誕シーンは、公立学校のホリデーの表示に乗せるのを禁止しています。 一方、ユダヤ教の九本枝の大燭台とイスラム教の星と三日月は、そのまま載せられるのです、なぜなら、裁判所によると、“生徒は、これらの表示はユダヤ教やイスラム教を是認していると思わせないから”。 雑誌『Decision』の記事は、“不幸にも、この類の宗教的検閲は、クリスマスのシーズンにはあたりまえのこととなっている”。 あなた方はそれが本当であると知っているでしょう。 今では多くの場所で、“メリークリスマス”と言えなくなっています。 今ではそれは、“ハッピーホリデー”なのです。 誰かが私にそう言う時はいつでも、私は“メリークリスマス!”と答えます。 しかし、“へびのすえ”が、キリストの誕生日を祝うのを嫌悪することが増えているように思います。 彼らは、クリスマスをクリスチャンの祝日に留めておこうとするクリスチャンに攻撃してくるのです!

私は、若者達にクリスマスのイヴと大晦日は教会にいなさい、と言う時、意地悪い非難を受けます。 彼らは、ダンスホールや飲み会に行くよりは、教会にいなさいと言うと、自分を律法主義的暴君であると呼びます。 さて、あなた方はそのような言い回しがどこから来ているか知っています! 神は言われました、“わたしは恨みをおく、おまえと女とのあいだに、おまえのすえと女のすえとの間に。・・・” “へびのすえ”はいつも“キリストのすえ”に対立します。 全く新しいことではありません。 へびのすえの人達は、あなた方がクリスマスのイヴと大晦日に教会にいてほしくないのです。 あなた方は、彼らが言うのを聞かないでほしいです! クリスマスのイヴと大晦日には、私達と一緒に教会にいなさい!

さて、あなた方はどのようなクリスマスを迎えますか? あなた方は、“へびの子孫”に属している人達を過ごすのでしょうか? あるいは、私達といっしょに教会で過ごすのでしょうか? それが、“クリスマス・コンフリクト”なのです。 エデンの園以来何も変わっていません! “わたしは恨みをおく、おまえと女とのあいだに、おまえのすえと女のすえとの間に・・・”。 女のすえとへびのすえの間には、戦い行われているのです。 しかし、考慮することがもう一点あります。 

III. 最後に、キリストは戦いに勝つ。

テキストは次の言葉で終わっています、“・・・彼はおまえのかしらを砕き、おまえは彼のかかとを砕くであろう」”(創世記第3章15節)。

それが大いなるコンフリクトの終焉です。 この世で悪の力を先導するサタンは、終わりのときにいたるまで、神に対し戦いを挑むのです。 しかし終わりには、女のすえであられるキリストは、サタンのかしらを砕くでしょう。それは、致命的な打撃となるのです! これは、主イエスが十字架で死なれた時に完了されました、なぜなら、死なれたことにより、彼は律法を全うされ、罪を除き、死を征服され、地獄に打ち勝ったのです! そしてスポルジョンは言いました、キリストが死からよみがえられ時、“サムソンがガザの門-柱と梁、そしてその全てをそうしたように、彼は、墓の扉を開き、それを取り除かれた。 そうして、竜のかしらは砕かれた。 サタンは今や何ができるのか? キリストはかれを砕き・・・女のすえは敵の力を破りました。 ハレルヤ! ハレルヤ! 彼は闇のプリンスを御自分の高き場所から投げ落とし、彼ご自身、‘わたしはサタンを天から流れ落とした’と言われた。 彼はへびのかしらを砕いたのだ。

この悪のかしらの傷は致命的な打撃である。 もし尾や首が損傷したのであれば、彼は助かったかもしれない。 しかし主は、悪の王国を完全に打倒し、その力を壊滅され・・・女のすえであられるキリストご自身は、再度来られ、この地上を統治される・・・そして、彼の右の手は彼の民を高められる。 敵は彼の足で踏みにじられる。 女のすえであられる方が再び来られるときに、あなた方とわたしは彼を褒め称える者達の中にいるであろう。 女のすえであられる方によって、楽園は私達に復興され、悪のすべての災害は未完で終わる・・・”(C. H. Spurgeon, “The Serpent’s Sentence,” The Metropolitan Tabernacle Pulpit, Pilgrim Publications, 1974 reprint, volume XXXVI, pp. 527, 528)。

では、私は尋ねましょう、あなたはどちらの側ですか? あなたは蛇の種と一緒ですか、あるいは、キリストであるその女性の種と一緒ですか? どちらか一方です。 あなたはどちらですか? あなたのこころの中では、本当にはどちらの側にいるのでしょうか? あなたはキリスト共にいますか、あるいは、あなたは蛇の側の人達といるのですか? 今朝ここにいるすべての人達は、どちらかの側に属するのです! あなたが蛇の側を離れ、イエスと彼の民に来ることを、私は祈ります。 一緒にイエスはあなたの罪をゆるし、あなたに永遠の命を授けるでしょう。 イエスの側は勝者の側です。 彼に来なさい。 彼を信頼しなさい。 救いは、罪を清める彼の御血をとおしてあなたのものになるでしょう! もし自分の魂の救いについて私達と話をしたいのであれば、今席を立って部屋の後ろへ行ってください。 リーさん、祈りを先導してください。

(説教終了)
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クレイトン L. チャン医師による説教前の聖書の朗読:ヨハネの第一の手紙第3章10-13節。
ベンジャミン キンケイド グリフィス氏による説教前の独唱:
“Who is on the Lord’s Side?” (by Frances R. Havergal, 1836-1879).

要 綱

クリスマス・コンフリクト

(創世記シリーズ、その66)

R. L. ハイマーズ Jr. 神学博士 著

“主なる神はへびに言われた、「おまえは、この事を、したので、すべての家畜、野のすべての獣のうち、最ものろわれる。おまえは腹で、這いあるき、一生、ちりを食べるであろう。 わたしは恨みをおく、おまえと女とのあいだに、おまえのすえと女のすえとの間に。彼はおまえのかしらを砕き、おまえは彼のかかとを砕くであろう」”。(創世記第3章14-15節)

(ヨハネの黙示録第12章9節)

I.   最初に、その女のすえはキリストを指している。
ルカによる福音書第1章35節;創世記第3章15節。

II.  次に、女のすえとへびのすえの間に対立が絶えないであろう。
 創世記第3章15甲節; ヨハネによる福音書第8章44節;
 ヨハネの第一の手紙第3章10, 12節;
ヨハネによる福音書第15章18-19節。

III. 最後に、キリストは戦いに勝つ。創世記第3章15乙節。