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終わりの時の不正な教会員達

R. L. ハイマーズ、Jr. 神学博士 著

EVIL CHURCH MEMBERS IN THE LAST DAYS

ロスアンゼルスのバプテストタバナクル教会にて
2012年5月27日、主の日の朝の説教

“悪人と詐欺師とは人を惑わし人に惑わされて、悪から悪へと落ちていく。”(テモテへの第二の手紙第3章13節)

ハロルド・リンゼル博士(Dr. Harold Lindsel)は1968年から1978年の間『Christianity Today』と呼ばれる雑誌の編集者でした。 彼は本人の代表作となる『The Battle for the Bible』の本の著者であり、二つのスダディー・バイブルの編集者でもありました。 彼は、リベラル主義へと向かう前のフラー・セミナリー(Fuller Theological Seminary)の創立者の一人でもありました。 彼は私の個人的な友人でもあり、私達の教会でしばしば話しをされました。 そして1982年の妻とわたしの結婚式でも説教してくださいました。 

リンゼル博士は、『The Gathering Storm: World Events and the Return of Christ』(Tyndale House Publishers, 1980)と題する本を書かれました。 その本の中で彼はこのように書いています。

教会内に存在する状況は、キリストの再臨を指し示している、なぜなら今の時代の教会は著しく世俗化してきたからである・・・クリスチャン的なものの考え方はもはや無くなった。クリスチャン達は非宗教論理によって洗脳され、彼らはクリスチャンたる考えを維持していない。彼らの世界とその生き方の見解は、この世によって備えられた行動計画であるように、その根本は聖書にあまり定着していない(同著、p. 70)。

彼はテモテへの第二の手紙第 3章 1節から7節を引用し、このような意見を述べています、

アメリカは、自己中心的な、内向的な、同情心の無い、無信仰の、愛国心に欠けた、そして特徴の無い、若者達を育て上げてきた・・・。人は人間らしさに欠け、人間特有な性質を無くし、そしてかっては人を豚や馬などから区別していたまともな世界と生き方の見解を捨て・・・(同著、 pp. 66-67)。

リンゼル博士はテモテへの第二の手紙第 3章 1節から7節を引用して、これらの意見を述べました。

テモテへの第二の手紙第 3章の聖句は、“このことは知っておかねばならない。 終りの時には、苦難の時代が来る”(テモテへの第二の手紙第3章 1節)で始まっています。 マックギー博士は、使徒パウロはテモテへの第二の手紙第 3章で、“後の教会の見通しはどうであろうか、組織化された教会にとって明るい将来の見通しはあまり無い。 ‘終わりの時’は、厳密な解釈に従った言葉であり・・・それは教会の最後の時を表している”(J. Vernon McGee, Th.D., Thru the Bible, Thomas Nelson Publishers, 1983, volume V, p. 469; note on II Timothy 3:1)。 マックギー博士は更にこのように書いています。 

“苦難の時代が来る”、それは嘆かわしい、または絶望的な時がやってくる、と言う意味である。 それはこの世の回心についてではないように思える、そうではなかろうか?・・・聖書ではこの世が回心するとは教えていない。それはダチョウのように頭を砂の中にうずめて生き、全く現実に直面しないで生きてきた多くの人達の幻想である。それとは逆に、終わりの時にはどのような事が起こるかに注目せよ。[テモテへの第二の手紙第3章には]19の様々な記述が次の幾つかの聖句に挙げられている。それは醜い事々である、しかし、我々はそれらを見るべきである、なぜなら、それらは今日起っている事の聖書における描写であるからだ。我々は、教会の最後の時へと移動していると私は信じる。それら全てが、今日の事のように正に明らかに表されている時代がかってあったとは思わない。現在私達は、これらの聖句に示されているような“苦難の”時代に生きていると私は思う。私はそれがどれ位長く続くか検討がつかない。しかし、それがいっそう悪くなり、改善の見通しが無い事は確かである(同著、p. 469-470)。

起立して、第1節から4節まで読んでください。

“しかし、このことは知っておかねばならない。終りの時には、苦難の時代が来る。その時、人々は自分を愛する者、金を愛する者、大言壮語する者、高慢な者、神をそしる者、親に逆らう者、恩を知らぬ者、神聖を汚す者、無情な者、融和しない者、そしる者、無節制な者、粗暴な者、善を好まない者、裏切り者、乱暴者、高言をする者、神よりも快楽を愛する者”(テモテへの第二の手紙第3章1-4節)。

着席して下さい。 なぜ今日の教会の中にはそのような人達が多くいるのでしょうか? なぜなら、何年もの間牧師達が不信者の信仰告白を慎重に確かめる事無くバプテスマを授けて来ているからです。 ですから教会は、不信者の人達で満ちているのです。 うわべだけの“決断”を単に成した全ての人を、クリスチャンとして受け入れている事の結果として、教会は救われていない人々で満たされているのです。

テモテへの第二の手紙 第3章 1節から4節に、“終わりの時代”の今日の教会にいる人々を描写した19の言葉または句が挙げられています。

1.  “人々は自分を愛する者”。 教会にいる不信者の人達は、キリストよりも自分を愛する事で、この世に反映しています。 自己愛は顕著であり、多くの教会員達は日曜日の午後の集会に出席しません。 彼らは自分達を愛するが為に、現在では訪問や伝道にも出て行きません。 なぜなら、教会は救われていない人達で満たされているからです。 

2.  “金を愛する者”。 人の肉に属する本性は、お金を多く得て使い果たすことを好んでいます。 なぜなら、それはキリストよりも自分自身を愛するからです。 聖書は、“銭を愛することは、すべての悪の根である”(テモテへの第一の手紙第6章10節)と言っています。 多くの失われている若者達は、彼らの両親が養ってくれている間は教会に留まります。 しかし彼らが独り立ちするようになると、彼らは去っていきます。 それが“金を愛する”という意味です! 

3.  “大言壮語する者、ほらを吹き(新共同訳)”。 このギリシャ語は、この聖句と古代ローマの異端の世界の状況を描写する為にローマ人への手紙第1章30節にのみに見出されます。 今日、俗に言う“証(あかし)”を聞くとき、彼らは自分の悪いところをいろいろと挙げ、今は良くなった、ことを説明し、そこにはキリストのことは話されません。 それは、自己改革によって自分自身を救うのであり、彼らは救われていないのでキリストの栄光を言えないのです。 しかし、彼らは“自分は救われた”と言います。 そこにはイエスはいますが? それは、大言壮語しているだけです! 

4.  “高慢な者”- プライドで満ち、謙虚でない。“終わりの時”の失われた教会メンバーを描写しています。

5.  “神をそしる者”文字道理り、“悪口(不敬な言葉)を言う人”。 教会に来始めた新しい人達が、クリスチャンと自称している人達が教会の他の人に対して悪口を言うのを見る時、彼らはしばしば失望します。 これは、俗世の信心深いクリスチャン達に対する激しい非難を表しています。 ヒッピー世代の人達は絶えずののしっています。 それは、彼らの最も一般的は特徴の一つです。 “ウォールストリート”で働く人達に注目して下さい。 彼らが教会に来ても、彼らは止める事無く悪口を言い続けます!

6.  “親に逆らう者”。 どうしたらこのような人が、神に自分達を服従させることが出来るでしょうか?  出来ません! 両親に逆らう人達は、彼らが俗世で行っているように、教会の権威に対しても逆らうでしょう。 何とヒッピー世代、そして彼らの子供達を描写しているではありませんか! 正に彼らについて、この聖句は語られていると私は思います。 彼らが次から次へと教会の分裂をもたらしているのも不思議はありません! 

7.  “恩を知らぬ者”。 ギリシャ語のこの言葉は、この聖句と、“恩を知らぬ者にも悪人にも”と話している、ルカによる福音書第6章 35節のみに見出すことが出来ます。 どんなに親切に彼らにしてあげても、彼らには感謝しようと言う気持ちは全くありません! 私達の車に乗せて教会に連れて来て、私達の負担で食事をさせ、私達の家へと招待し、私達の家族同然のように大切にしてあげても、感謝の言葉一つ残さず教会を去っていく人達を目にします! 私の母は、ある一人の若者を彼女の家に引き取り、彼をわが子のように大切に扱いました。 彼女は車で学校へと彼を送り迎えし、お昼の食事代も与えました。 彼が教会を去って行った時、母が結婚の贈り物としていただいた純銀製のナイフとフォークのセットを彼は盗んでいきました。 彼は母を非常に悲しませました。 そして一言も感謝の言葉を口にする事もありませんでした。 彼が去って行った時も、彼女には書置き一つ残さずに出て行きました。 “恩知らぬ者”。 この邪悪な時代に私達は何度もそのような事を目にします。

8.  “神聖を汚す者”。 この言葉は“不敬”という意味です。 彼らは神に対して逆らった生活をしています。 そうしながらも、彼らは自分達をクリスチャンであると自称しています! 彼らは全ての権威に反発しているのです。

9.  “無情な者”。 これは自然の愛に欠けているという意味です。 妊娠中絶のように彼ら自身の体に対し、もしくは婚前の性的交わりによって、彼らは自らの赤ちゃんを殺害し、そして彼ら自身の両親達を、ひどい“養老院”などへ入れ、彼らを訪ねて行く事もせず、それでも彼らは“クリスチャン”と自称しているのです。

10. “融和しない者”。 それは和解することが出来ない人達です。 彼らは仲良くする事を拒みます。 どんなにあなた方が一生懸命努力しても彼らを喜ばす事は出来ません! 彼らと和解することが出来ません。

11. “そしる者”。 彼らはうわさを広げ、他の人達を非難することを非常に好みます! 残念なことに、これは俗世間でもそうであるように、教会内でも同じです! 救われていない教会員達は喜んで陰口をします。

12. “無節制な者”。 それは“自制心が無い”という意味です。 私達は今日の堕落している社会で、常にそのような事を目にします。 彼らは教会へは来始めても長続きしません。 彼らは自制することが出来ないのです。 彼らは飼い慣らされていない野生の動物のようです。 ひどいことです! 彼らは一つの教会から別の教会へと常に移動しています。 スポルジョンが言ったように、“彼らは巣のない、渡り鳥”のようです。 

13. “粗暴な者”とは、“凶暴”という意味です(Dr. McGee)。 今日、街の通りはしばしば日中でも安全ではありません。 そして多くの教会は、新しいクリスチャン達にとって、避難所ではありません! 自称“クリスチャン”と名のる人達は、しばしば私達を取り巻く俗世間のように凶暴です。 正に今は“苦難の時代”です。 ある十代の少女が、母親が彼女に外出禁止時刻を押し付けたが為に、母親を殺そうとしました! 私はそれを木曜日の新聞記事で読みました。 1940年もしくは1960年代には聞いたことも無いようなことを、現在では若者が犯しているのです!

14. “善を好まない者”。 それは文字通り、善を嫌う人達”という意味です。 それは、テトスへの手紙第1章8節にある、“善を愛し”の逆です。 正当で立派な人は嫌われ、“クール”にみえる邪悪な人が好まれるのです。 アメリカの選挙、そして今日の教会内でも私達は気がつきます。 それが今の世代の主な特徴の内の一つです。 彼らは“善を好まない者”達です。

15. “裏切り者”。 これは、あなた方が単に信頼できない、その人達を表しています。 彼らは毎回あなた方を裏切るでしょう。 なぜならそうすることが彼らの正に生まれ持った性質だからです。 生れつき彼らは“裏切り者”なのです。 

16. “軽率(新共同訳)”とは、“向こう見ず、激情の感化の下で好ましくない結末を遂行する強情さ”(Dr. Marvin R. Vincent)という意味です。 これは、急いで考えも無く行動する人達を描写しています。 彼らはすぐにも教会に加わり、そして去って行くのです!  向こう見ずな人達を信頼することは出来ません。 彼らは“強情”過ぎて、“向こう見ず”だからです。 

17. “高言をする者”とは、プライドによって盲目にされていると言う意味です。 これはテモテへの第一の手紙第6章4節、“彼は高慢であって、何も知らず、ただ論議と言葉の争いとに病みついている者である。そこから、ねたみ、争い、そしり、さいぎの心が生じ”で用いられているギリシャ語と同じ言葉です。 ある調査によると、89パーセントの牧師達が、教会の分裂を引き起こす”クリスチャン”と自称している人達と対応しなければならないようです。 10人の牧師の内9人が、このような人達の為に教会の分裂を体験しているのです! 彼らは“プライドによって、混乱し[または盲目にされて]”(Dr. Vincent)いるのです。 

18. “神よりも快楽を愛する者”。 文字通り“神を愛する人達ではなく、むしろ快楽を愛する者達”(Dr. Vincent)。 マックギー博士は、“快楽を提供する為に、そのような莫大なお金が費やされている時代はかつてなかった。・・・何百億ドルというお金が娯楽の為に費やされている、なぜなら人々は神を愛する者ではなく快楽を愛する者だからである”(同著、p. 471)。 これはまた救われていない若者達が、毎日多くの時間をコンピューターゲームに費やしているかを示している。 しかし、彼らは聖書を読み祈る時間がないというのです! 彼らが真の回心を体験しないのも不思議ではありません!  彼らは神よりも快楽を愛しているのです。

19. “信心深い様子をしながらその実を捨てる者”。 その人達は、“現実から離れた外側だけの”(Dr. Vincent)の信心さをもっています。 “彼らは宗教的な振る舞いをするが、実際の生活にはそれが欠けている”(Dr. McGee)。 キリストを知ることなく教会に来ることだけで満足している人達は、“常に学んではいるが、いつになっても真理の知識に達することができない”(テモテへの第二の手紙第3章7節)人達です。 彼らに福音の言葉を徹底的に説教できますが、彼らは“その実を”経験することなく、“信心深い様子”をします。 悲しいことに、今日の教会には、そのような人達が何と多いことでしょうか!


今45歳から65歳までの“ヒッピー世代”を、何と的確に描写しているのでしょうか。 そして、彼らの子供たちや孫たちにも少なからず関わっているのです! リンゼル博士は、彼らは“自己中心的な、内向的な、同情心の無い、無信仰の、愛国心に欠けた、そして特徴の無い”人たちと描写しています。 それらはテモテへの第二の手紙第3章1-8節に書かれています。

では、これらの19の特徴のうち一つでもあなた方に当てはまるのでしたら、あなた方は何か問題なのでは? “人々”という言葉に注目してください。 3回出てきます。 “その時、人々は自分を愛する者・・・”(第2節)。 “・・・こうした人々も真理に逆らうのである・・・”(第8節)。 “悪人と詐欺師[人々]とは人を惑わし人に惑わされて、悪から悪へと落ちていく”(第13節)。 これらの人々とは、男女を問わず、教会の失われた人たちを言っています。


1.  彼らは、神ではなく自分自身を愛する。

2.  彼らは、真実を拒否する。

3.  彼らは、ますます悪くなっていく。

“悪人と詐欺師とは人を惑わし人に惑わされて、悪から悪へと落ちていく”
       (テモテへの第二の手紙第3章13節)。

彼らは神に見放されるので、一旦ひとがその段階に行ってしまった場合、その人たちは決して回心しません。 神があなた方を見放したとき、救われるには永久に遅いのです。 また、教会にいるからといって自分をなぐさめてはいけません。 教会にいても神はあなた方を見放すのです。 私はそのことを何度も見てきています。 しかし、もし罪に対してあなた方の意識があなた方を悩ますのであれば、まだ望みあります。

あなた方は失われているのでしたら、今がキリストを求めることに非常に真剣になる時ではないですか? あなた方はいつ何時でも地獄へ落とされることを知りながら、今の状態で生きて行けるのですか? どのようにして毎日このような生活をしていけるのですか? イエスは言われました、“狭い戸口からはいるように努めなさい”(ルカによる福音書第13章24節)。

1972年か1973年かに、サンフランシスコからサンノゼへ車を運転しているときのことを私は覚えています。 若いヒッピーが私の車に乗っていました。 彼はその行きと帰りの道中、延々と話し続けていました。 彼は麻薬を止めてそんなには立っていなかったので、彼の頭はまだその影響があったようです。 私がそれに耐えなくなるまで、彼は話し続けました! “この若者には何も将来の望みは無い”と考えていたのを私は覚えています。 しかし、私は間違っていました。 彼は結局のところ回心をしたのです! 彼は所帯を持ち、大きくなった子供たちがいるのです。 今日彼はアリゾナ州のフェニックスにある教会の牧師です! 彼にとって、“おどろくばかりのめぐみなりき”は、彼の賛美歌でもあるのです!

もしあなた方が失われているのでしたら、望みがあります! しかし、それはただ一つの望みです、すなわち、彼の名はイエスといいます! イエスを信頼し、救われなさい!

つみおもいださする
   なみだの夜よゆけ
えみとかんしゃのあさを
   われはまてり
(『つみおもいださする』“Jesus, I Come” by William T. Sleeper, 1819-1904).

もしあなた方はまだ救われていないのでしたら、部屋の後ろへ行ってください。 ケイガン先生が祈りのために静かな部屋へ案内します。

さて、救われているあなた方に二、三言葉があります。 テモテへの第二の手紙第3章1-8節は、暗く気を消沈させる聖句であるのを、私は知っています。 私達が罪深いひとをみるとき、私達は気がくじけます。 ですが、この聖句から大いなるなぐさめを、知らされているのも年を通して私は見つけました。 聖書の預言における人の状態という点で、私は勇気付けられて読みます。 私はこのように考えさせられます、“さて、それが聖書のいう人の状態なのです。 状態は悪いが、決してコントロールの利かないわけではないのです。 聖書はこう予告しました、これらの聖句を私達に与えてくださった神は、今でも御座におられる!”と。 さらに、テモテへの第二の手紙のその次の章には、“神のみまえと、生きている者と死んだ者とをさばくべきキリスト・イエスのみまえで、・・・”(テモテへの第二の手紙第4章1節)とあります。 人々がどんなに悪くなっても、イエスは再び来られます! 次の歌詞を考えてみてください。

夜は更け 罪は我々に戦いを挑む
   重い悲しみを 我々は耐え
しかし 主の来臨のしるしを 我らは見る
   我らの心は高揚し 喜びの杯は満たされる

疲れし汝のこうべを上げよ、
   その日は近づき 深紅色にかわった空を見よ
夜の影は消えうせ イエスは来臨される
   永き時日の後 夜はまさに明けん

主は再臨される 主は再臨される
   人に拒絶された まさにそのイエスが
主は再臨される 主は再臨される
   御力と栄光を携えて 主は再臨される!
(“He is Coming Again” by Mabel Johnston Camp, 1871-1937).

キリストの再臨のように、クリスチャンの思いを高揚するものはありません! 私はいつもそう思っています! 私がこの説教を準備したとき、チャールズ・フェインバーグ博士(Dr. Charles L. Feinberg)が編集した、預言についての本を参考にしました。 私は、どこでその本を入手したかは覚えていませんが、若い中国人の若者が、1971年に私の誕生日の祝いとしてくれたときに、その本のおもて表紙の裏に次のような言葉を彼は書いてくれました。 彼の名前はケン・イー(Ken Yee)で、今では牧師です。 私は、サクラメント市にあるゴールデン・ゲート・バプテスト神学校(Golden Gate Baptist Theological Seminary)に通っていた最初の年に、中国人への奉仕で毎週末彼と一緒に過ごしたので、彼を知っています。 ケンはこのように書きました、

“親愛なる友(ボブ)へ、あなたの犠牲を愛する態度ゆえ、あなたの教会[the First Chinese Baptist Church of Los Angeles]を愛する態度ゆえ、あなたが私達の教会の奉仕を愛するゆえ、熱心に思うあなたのビジョンゆえ、そして最後に、あなたは、あなた自身の何者でもないゆえ、それは余興以上のもの! 我が魂に祝福! マラナタ―主は来臨される! キリストの愛において、ケン”。

アァメン! アァメン! ケンのような人が私達の奉仕のおかげで助けられるとき、私達が費やした時間は報われるのです! 私達の教会にいる一人の若者が、彼が助けようとする誰もが導かれないので意気消沈させられる、と私に話しました。 私は、“その次の人は教会に留まるかもしれないではありませんか、そして、この世の人たちには経験できない喜びをあなたはもつでしょう!”と言いました。 イエスが再臨されるとき、あなたがキリストに導いた人たちは、あなたと共に喜びを分かち合うことでしょう! イエスが再臨されるとき、あなたが助けたすべてのクリスチャンは、あなたと喜びを共にするためにそこにいるでしょう! アァメン! イエスは来られます!

空は開け 主の来臨の備えをする
   賛美の轟きをもって 天の星々は彼を称える
主の甘い眼光は それを望み待つ者たちを勇気付ける
   そして我らは 主と向き合って 崇めまつる
我らは 主を崇めまつる 我らは 主を崇めまつる
   主の栄光の中 主と向き合って!
我らは 主を崇めまつる 我らは 主を崇めまつる
   我らの救い主、主と向き合って!

天使は 主の来臨を声高に告げる
   死に眠っているものは その場から起こされ
地上にいる者たちは 瞬時に変えられ
   そして我らは 主と向き合って 崇めまつる
我らは 主を崇めまつる 我らは 主を崇めまつる
   主の栄光の中 主と向き合って!
我らは 主を崇めまつる 我らは 主を崇めまつる
   我らの救い主、主と向き合って!
(“We Shall Behold Him” by Dottie Rambo, 1934-2008).

(説教終了)
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クレイトン L. チャン医師による説教前の聖書の朗読: テモテへの第二の手紙第3章1-8節。
ベンジャミン キンケイド グリフィス氏による説教前の独唱:
“Christ Returneth” (by H. L. Turner, 1878).