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中国の正月(旧暦の正月)の説教

R. L. ハイマーズ、Jr. 神学博士 著

A CHINESE NEW YEAR’S SERMON

ロスアンゼルスのバプテストタバナクル教会にて
2012年1月22日、主の日の晩の説教

“神の怒りは、不義をもって真理をはばもうとする人間のあらゆる不信心と不義とに対して、天から啓示される。なぜなら、神について知りうる事がらは、彼らには明らかであり、神がそれを彼らに明らかにされたのである。神の見えない性質、すなわち、神の永遠の力と神性とは、天地創造このかた、被造物において知られていて、明らかに認められるからである。したがって、彼らには弁解の余地がない。なぜなら、彼らは神を知っていながら、神としてあがめず、感謝もせず、かえってその思いはむなしくなり、その無知な心は暗くなったからである。彼らは自ら知者と称しながら、愚かになり、不朽の神の栄光を変えて、朽ちる人間や鳥や獣や這うものの像に似せたのである”(ローマ人への手紙第1章18-23節)。

旧暦の正月は、最も重要で伝統的な中国の祝日です。 それはまた、人類史上最も古く一貫したカレンダーでもあります。 黄皇帝が最初のカレンダーを紹介したのが始まりで、それはキリスト誕生以前(紀元前)二千年以上にもさかのぼります。 西洋カレンダーのように、中国のカレンダーは一年毎のものです。 しかし西洋のカレンダーとは違って、それは月の周期を基にしています。 この日付法のため、中国の正月の元日は、一月の終わりから二月の中旬の間にふりかかります。 今年の旧暦の正月は明日です。 しかし伝統的な祝賀は何日間にも続きます。 ですから、私達が中国の正月の前の晩に祝賀会を設けるのはまったくふさわしいのです。

完全な月の周期(還暦)は60年かかり、12年の五周期で成り立っています。 中国の太陰暦(ルナー・カレンダー)は、この12年の各年に、哺乳類、爬虫類、そして鳥類の名前が付けられています。 それらは、鼠、牛、虎、兎、竜、蛇、馬、羊、猿、鳥、犬、そして猪です。 今年は竜の年です。 

このカレンダー、そして旧暦の正月の祝賀の慣例などは、中国に影響された、韓国、日本(1873年まで)、ベトナム、モンゴル、インドネシア、マレーシア、フィリピン、シンガポール、台湾、そして世界中の中国人のコミュ二ティーでも通用されています。 旧暦の正月は、東アジア以外のイランのような国々でも、影響を及ぼしているようにも思えます。

過去四千年を通して、旧暦の正月は、古代の中国人が信じた、大晦日に人々を食う獰猛な竜、“ニエン(年獣)”などの伝説、そして伝統的に続いた催し物を抜擢しています。 ニエン(年獣)は、この祝日に赤い色と爆竹によってのみ怖がらせる事の出来る恐ろしい竜として、今日に至るまでシンボルにされています。 この悪魔信仰は、未だに中国本土において悪魔について強固な確信を持つ中国人達のサタンに対する認識に根本があるように思えます。 聖書では、サタンをこのように呼んでいます、

“この巨大な龍、すなわち、悪魔とか、サタンとか呼ばれ、全世界を惑わす年を経たへび・・・”(ヨハネの黙示録第12章 9節)。

しかし、サタンを爆竹や赤い色の布切れによって追い払う事は出来ません。 竜に打ち勝つ為に赤色を使う事は、血の犠牲―キリストの血を指している初期の記憶にその根源があるのかもしれません。 聖書は、“小羊の血と・・・、彼にうち勝ち”(ヨハネの黙示録第12章11節)と言っています。 中国の正月が何世紀をも通して、どのように変化して来たかを理解するには、私達は中国が四つの宗教的の段階を通してきた事を知る必要があります。

私が始めて中国人達への宣教師になるよう神からの使命を感じた時、私はファースト・チャイニーズ・バプテスト教会に加わりました。 そこでは、ボブ・ジョーンズ・ユニバーシティの大学院で以前ユダヤ言語、組織神学を教えていた中国人学者、ティモシー・リン博士から多くの訓練を私は受けました。 彼は、1960年代から1970年代の初期にかけて、私の牧師であり教師でもありました。 彼は、台湾のチャイナ・エバンジェリカル・セミナリーの学長であったジェームズ・ハドソン・テーラー三世の後継者としてそこの学長に就任しました。

サンフランシスコにあるハミルトン・スクウェア・バプテスト教会の牧師、デイビッド・イネス先生(Dr. David Innes)は、ボブ・ジョーンズ・ユニバーシティでリン先生をご存知でした。 イネス先生は、リン博士のローマ人への手紙第1章18-32節のアウトラインについて私に思い出させて下さいました。 リン博士のアウトラインはこれらです、(1)神の真理は明らかにされた、ローマ人への手紙第1章18-20節;(2)神の真理は拒否された、ローマ人への手紙第1章21-25節;(3)神の真理は取り去られた、ローマ人への手紙第1章26-32節。 私はリン先生のアウトラインに従いますが、私はその最後に四番目を付け加えます。

I. 最初に、中国はひとつの神を持つ国であった。

リン博士は、中国を含んだ古代の世界は、元来ひとつの神を信じたと言っていました。 リン博士は、チャン先生が少し前に読まれた、ローマ人への手紙第1章 18-32節から次の聖句を引用しました、

“神の怒りは、不義をもって真理をはばもうとする人間のあらゆる不信心と不義とに対して、天から啓示される。なぜなら、神について知りうる事がらは、彼らには明らかであり、神がそれを彼らに明らかにされたのである。神の見えない性質、すなわち、神の永遠の力と神性とは、天地創造このかた、被造物において知られていて、明らかに認められるからである。したがって、彼らには弁解の余地がない”
       (ローマ人への手紙第1章18-20節)。

これは古代の世界に起こった事を描写しています。 元来、“全地は同じ発音、同じ言葉であった”(創世記第11章1節)。 しかし、罪が原因となり、バベルの塔で、“主がそこで全地の言葉を乱されたからである。 主はそこから彼らを全地のおもてに散らされた”(創世記第11章9節)のです。

これらの人々のグループはバベルの塔で散らされ、ある人達は中国として知られている東方へと向かいました。 ジェイムズ・レッジ博士(Dr. James Legge)は有名な中国研究者でした。 彼は20年間オックスフォード大学の中国の言語と文学の教授でした。 彼の書物、『The Religions of China』(Charles Scribner’s Sons, 1881)の中で博士は、中国の元来の宗教は、“天の帝”と呼ばれた一つの神を信じた、一神論であった事を指摘しています。 レッジ博士は、元来、中国人はキリスト誕生の二千年前に一つの神を崇拝した事を示していると言っています。 それは孔子(紀元前551-479 年)と仏陀(紀元前563-483年)が生まれる1500年以前のことです。 仏教はインドから中国へ入って来ました、そのように外国の宗教が中国に入り込んだのです。 儒教は、宗教ではなく論理と道徳に関する体系でした。 しかし“天の帝”を崇拝するもっと古い宗教は、孔子や仏陀が生まれる以前の1500年ほど保ちました。 何世紀も経て、幾つもの悪霊が加わり崇拝されました。 しかし“天の帝”は、中国の古代文明の最高位の神として留まりました。 レッジ博士の見解は、ウィルヘルム・シュミッド博士(Dr. Wilhelm Schmidt)の見解(The Origin and Growth of Religion, Cooper Square Publishers, 1972 edition)と似通っています。 “天の帝”は、何百年間も古代中国の真の神でした! 起立して、ソングシートの6番目の最初の歌詞を歌って下さい。

我が魂よ、天の帝をたたえよ、貢物を帝のもとへもて
贖い、癒し、再生、ゆるし、彼へのたたえは誰が歌わんか?
ハレルヤ、ハレルヤ、永久の帝をたたえよ!
   (“Praise, My Soul, the King of Heaven” by Henry F. Lyte, 1793-1847).

それが“天の帝”なのです! それが私達の神、主イエス・キリストの父なる神なのです!

II. 次に、中国は多くの神々のいる国となった。

しかし何世紀も経て、中国の人々は一つの神“天の帝”を崇拝する事から、多くの神々への崇拝へと遠ざかり始めました。 チャン先生が先ほど読まれた聖句は、更にこのように言っています、

“なぜなら、彼らは神を知っていながら、神としてあがめず、感謝もせず、かえってその思いはむなしくなり、その無知な心は暗くなったからである。彼らは自ら知者と称しながら、愚かになり、不朽の神の栄光を変えて、朽ちる人間や鳥や獣や這うものの像に似せたのである”(ローマ人への手紙第1章21-23節)。

中国に起こった事は、アメリカに起こっている事と似ています。 古代の中国の人々は、“天の帝”と呼ばれる唯一の神を信じました。 それと同じように、アメリカの初期の開拓移民達は神を信じました。 彼らは清教徒でした。 彼らはアメリカへ宗教の自由を求めて来たクリスチャン達でした。 最初の感謝際で彼らは、彼らを保護し、彼らに供給して下さった神に感謝を捧げました。 しかし400年後の今日、アメリカ人達は感謝祭で神について考える事さえ全くしません。 そして、多くのアメリカ人達は奇妙なカルトと偽の神々に属しています。 多くのアメリカ人達は全く神を信じさえしません。 ですから、これらのアメリカ人達は、たった400年の間に中国人のようになってしまいました。 現在彼らは多くの偽りの神を崇拝しています。 多くのアメリカ人達は、今では、感謝祭を“七面鳥の日”と呼んでいます。 神に感謝を捧げる日ではなく、それは七面鳥とビールなどで自分達を腹を満たし、テレビを眺める日なのです。 ですから、これらのアメリカ人達は、古代の中国の人々のように、一人の神を崇拝する事を止めてしまったのです。

“彼らは自ら知者と称しながら、愚かになり、不朽の神の栄光を変えて、朽ちる人間や鳥や獣や這うものの像に似せたのである”
       (ローマ人への手紙第1章22-23節)。

III. そして、中国は神のいない国となった。

1949年10月1日、毛沢東と彼の共産勢力は中国を征服しました。 毛はクリスチャンを“霊的侵略者”と呼びました。 向こう10年間を通して、外国の宣教者は中国から追い出されるか、共産主義者に殺害されました。 外国の宣教者がいなくなった後、共産主義者たちは中国現地のクリスチャンを迫害し始めました。 多くのものが殺害され、他のものは台湾へ逃れました。 数千人にのぼる中国人のクリスチャンは逮捕され牢獄へ送られました。 数少ない人達は奇跡的に生き残り、二十年以上にもわたる牢獄生活から開放されました。 1950年代の後半、毛沢東は中国を鎖国化にしました。 中国は、1972年2月にニクソン大統領が中国に対して扉を開くまで、国外から閉ざされた状況下にありました。 ニクソンが行ったこの行動は、人類史に残る画期的な出来事でした。 後の世代の人達は、中国の扉を開けただけでなく、徴兵制を取り止め、アメリカの学校内における人種差別の撤廃を行ったなど他の理由で、ニクソン大統領を再評価することでしょう。 彼はまた、以前のソビエト連邦を最初に訪れた大統領でもありました。 これは、後のレーガン大統領がその“悪魔の帝国”を崩壊される礎となりました。 ニクソンは、世界を変えた大統領でした。 彼なくしては、今日の私たちの中国との関係はなかったでしょう! もしあなた方が、中国からの交換留学生ならば、ニクソン大統領なくしては、ここにはいなかったでしょう! また、私たちもニクソン大統領なくしては、中国を訪れることもできなかったことでしょう!

全てのキリスト教宣教師がいなくなり、中国のクリスチャン達は囚われ牢獄へ追いやられました中、多くの人達はキリスト教は中国で生き残っているのだろうかと思い訝りました (source, China: The Blood-Stained Trail, Riley K. Smith, The Voice of the Martyrs, 2008, pp. 62-63)。

しかし、神を信じない共産主義者たちは、彼らについて語っている聖書の言葉を忘れているのです、

“愚かな者は心のうちに「神はない」と言う”
      (詩篇第14篇1節)。

これらの神に反する共産主義者たちを聖書では“愚かな者”と呼んでいます。 なぜでしょうか? なぜなら、誰も神を殺すことは出来ないからです! 聖書は彼のことを、“とこしえにいます神”(申命記第33章27節)と呼んでいます。 これは四番目へと続きます。

IV. 最後に、中国はひとつの真の神へと今もどっている。

預言者のエレミヤは、次のような驚くべき預言をしました、

“主・・・万国の民は地の果からあなたのもとにきて申します・・・”
       (エレミヤ書第16章19節)。

よって、預言者エレミヤは、異邦人は神の御子、主イエス・キリストを通して神に来ることを明白にしました。 もう一人の預言者イザヤは、この世の終わりにキリストに来るであろう人々の中に中国人がいると言いました、

“見よ、人々は遠くから来る。見よ、人々は北から西から、またスエネの地から来る」”(イザヤ書第49章12節)

ストロング註解書(Exhaustive Concordance)、ブラウン、ドライバー、ブリッグス(Brown, Driver and Briggs)、ジェセニアス(Gesenius)、ジョン・ギル博士(Dr. John Gill)、キールとデリゼック(Keil and Delitzsch)、そして、チャイナ・インランド・ミッションの設立者のジェームズ・ハドソン・テーラーによれば、“スエネ”は中国を指しています

イザヤ書第49章12節は重要な預言です。 それは後に中国人は真の神に戻ってくることを語っています。 中華人民共和国で今日起こっている偉大なリバイバルは、近代の歴史上、新しいクリスチャンが生まれている最も大いな出来事なのです。 昼夜を問わず毎時間1000人の人達が中国でクリスチャンになっていると予想されています! 考えてみてください! 現在、24,000の人達が毎日中国ではクリスチャンになっているのです。 今日の中国では、日曜日の朝の礼拝に来る人達の数は、アメリカ、カナダ、ヨーロッパを足した人数より多いいのです。 私達は、中国で数億の人達が、主イエス・キリストを通して神に来ている、その目撃者なのです。

キリストは、全ての国々で私達の先祖が崇拝していた元来の神に、私達を戻すために来ました。 キリストは私達を神に戻すために来たのです。 キリストは、私達の罪の贖いのために十字架で死なれました。 彼は私達に新しい命と永遠の生命を与えられるために死からよみがえられました。 あなた方が、神の御子イエスに来て、回心しますように! 起立してソングシートの6番目の歌を歌なさい。

我が魂よ、天の帝をたたえよ、貢物を帝のもとへもて
贖い、癒し、再生、ゆるし、彼へのたたえは誰が歌わんか?
ハレルヤ、ハレルヤ、永久の帝をたたえよ!

そのことを大変明白にしている歌があります。 イエス・キリストを、救い主ならびに主として知ることは、この世の大金持ちになる事よりもはるかに大事なのです。

エーカーのダイヤモンド、金の山々
   銀の河川、無数の宝石
これら全てを持ち合わせても、買えないものがある
   睡眠の際の平安、自由の意識
満足したこころ、充足した思い
   これらはお金で買えない宝物
もしイエスを信じるならば、魂はより富むであろう
   エーカーのダイヤモンド、そして金の山々よりも
(“Acres of Diamonds” by Arthur Smith, 1959).

(説教終了)
ハイマーズ博士の説教は毎週インターネットでご覧になれます。
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You may email Dr. Hymers at rlhymersjr@sbcglobal.net, (Click Here) – or you may
write to him at P.O. Box 15308, Los Angeles, CA 90015. Or phone him at (818)352-0452.

クレイトン L. チャン医師による説教前の聖書の朗読: ローマ人への手紙第1章18-23節。
ベンジャミン キンケイド グリフィス氏による説教前の独唱:
“I’d Rather Have Jesus” (words by Rhea F. Miller, 1922;
music composed by George Beverly Shea, 1909-).

要 綱

中国の正月(旧暦の正月)の説教

R. L. ハイマーズ、Jr. 神学博士 著

“神の怒りは、不義をもって真理をはばもうとする人間のあらゆる不信心と不義とに対して、天から啓示される。なぜなら、神について知りうる事がらは、彼らには明らかであり、神がそれを彼らに明らかにされたのである。神の見えない性質、すなわち、神の永遠の力と神性とは、天地創造このかた、被造物において知られていて、明らかに認められるからである。したがって、彼らには弁解の余地がない。なぜなら、彼らは神を知っていながら、神としてあがめず、感謝もせず、かえってその思いはむなしくなり、その無知な心は暗くなったからである。彼らは自ら知者と称しながら、愚かになり、不朽の神の栄光を変えて、朽ちる人間や鳥や獣や這うものの像に似せたのである”(ローマ人への手紙第1章18-23節)

(ヨハネの黙示録第12章9、11節)

I.   最初に、中国はひとつの神を持つ国であった。
ローマ人への手紙第1章18-20節; 創世記第11章1、9節。

II.  次に、中国は多くの神々のいる国となった。
ローマ人への手紙第1章21-23節。

III. そして、中国は神のいない国となった。
詩篇第14編1節; 申命記第33章27節。

VI.最後に、中国はひとつの真の神へと今もどっている。
エレミヤ書第16章19節; イザヤ書第49章12節。