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ロバート・ベルと創世の詩

R. L. ハイマーズ、Jr. 神学博士 著

ROB BELL AND THE 'GENESIS POEM'

ロスアンゼルスのバプテストタバナクル教会にて
2011年5月22日、主の日の晩の説教

“ひとりの罪過によってすべての人が罪に定められたように”
(ローマ人への手紙第5章18節)。

私は再度ロバート・ベルの本Love Wins(HarperOne, 2011)について戻らなければなりません、なぜならその本は過去二週間、センセーショナルを巻き起こしたからです。 その本の神髄は、“神の愛は最も無情な心でさえも後には和らげるであろう”(p. 108)と言っているところです。 そして彼は、“歴史は悲劇ではない、地獄は永久ではない、そして最後には愛が打ち勝ち、全ての人は神と和解する”(p. 109)と好意的に言及しています。 彼は、自らを去勢し、悪魔を含めた全ての地獄にいる者達はいつか後には救われると信じたカトリック教師、オリゲネス(185-254年)をも含めています。 オリゲネスは後に、カトリック教会によって彼の教えのゆえに異教徒として非難されました。 ベル氏は、オリゲネスから多くの事を学んだといっています(Love Wins, p. 107)。

しかしベルの誤った考えの源は、彼が創世記とローマ人への手紙第5章、そしてコリント人への第一の手紙第15章において示されている、創世記についての見解を誤解している事実にあるのです。 もしあなた方が創世記について誤った見解を持っているならば、 あなた方が教えるそれ以外のすべての事も誤りとなるでしょう。 ロバート・ベルは創世記についてこのように述べています、 

聖書の始めにある創世の詩で、生命は躍動し、進歩し、発展している活動的なリアリティーである・・・なぜなら物事は最も基本的な段階において、どこかへと移動している(Love Wins, ibid., p. 44)。

何とも創世記を描写するに奇妙な曲解ではありませんか!  単なる“詩”なのです。 真実なる歴史ではなく、実際の出来事の記述でもなく、単なる“創世の詩”なのです。 彼がそのような言い回し方を、何年か前に修士号を彼が取得した、自由主義派のフラー神学校(Fuller Theological Seminary)で学んだ事は確かです。 しかしそれ以上に、ロバート・ベルは、創世記で“生命は躍動し、進歩し、発展している[?]活動的なリアリティーである”(同著)と言っています。 私はその描写はお笑いものであると思いました。 実際、それを書斎で読んだ時、私は大声で笑いました! なぜなら創世記は全くそのようなものではないからです! 事実、創世記は現在に至って書かれた書物の中で最も悲惨な、最も望みのない書物のひとつなのです。 アダムとエバは罪を犯し、そしてエデンの園から破滅した世界へと追いやられたのです。 彼らの最初の息子は自分の弟を殺しました。 カインは仇と殺人で満ちた都市を築き上げました。 そしてアダムは死に、セツも死にました。 エノスは死にました。 カイナンは死にました。 マハラレルは死にました。 ヤレドは死にました。 エノクは天に上げられました。 メトセラは死にました。 レメクは死にました。 そうして、“主は人の悪が地にはびこり、すべてその心に思いはかることが、いつも悪い事ばかりであるのを見られた”(創世記第6章5節)。 そして神は、“その不信仰な世界”(ペテロによる第二の手紙第2章5節)を滅ぼす為に大洪水を下されました。 ノアと彼の息子達は罪を犯しました。 人々は神に挑戦する為にバベルの塔を築きました。 そこで神は、“彼らをそこから全地のおもてに散らされた”(創世記第11章8節)のです。 アブラハムの祖先達は、生き、そして死んでいきました。 神は、何度もの失敗を貫いたアブラハムを呼ばれました。 ソドムとゴモラは火によって滅ぼされました。 ロトは自分の娘達と近親相姦を犯しました。 アブラハムの妻サラは死にました。 アブラハムも死にました。 イサクの二人の息子達は邪悪な人達でした。 イサクは死にました。 ヤコブは、弟ヨセフをエジプト人達に奴隷として売りとばした多くの放埓な息子達を育てました。 ヤコブは死にました。 そして創世記は次のような悲劇的な言葉で終っています。

“こうしてヨセフは百十歳で死んだ。彼らはこれに薬を塗り、棺に納めて、エジプトに置いた”(創世記第50章26節)。

バーノン・マックギー博士(Dr. J. Vernon McGee)は、“このように創世記は終っている。 それは、神による天と地の創造で始まっており、それはエジプトでの棺で終わりを遂げている。 人類に何が起こったのであろうか? 罪が神の創造物へと入り込んだのである”(J. Vernon McGee, Th.D., Thru the Bible, Thomas Nelson Publishers, 1981, volume I, p. 198; comment on Genesis 50:26)と言いました。 

何故、創世記を、“生命は進歩し、発展し・・・どこかへと移動している”(Love Wins, p. 44)というような美しい“詩”とベル氏は呼ぶことが出来るのでしょうか? 生命は進歩しておらず、退歩していました。 命は進化しておらず、退化していました。 そして命が“移動する”ところは墓でした! 創世記は、“薬を塗り・・・エジプトで棺におさめられ”死んだ人で終わっています! そこが、ベル氏は誤っているところです。 彼は、創世記の意味を完全に誤りました! 創世記からのメッセージは悲劇的で、暗く、そして希望がありません。 全ては、アダムが神の面前でこぶしを振るい、自分を創造された神に対し、故意に、そして頑固に立ち向かったのが始まりなのです。 そして、もしあなた方がそれを正しく理解しなければ、あなた方は、聖書のそれ以外の部分を理解する事は出来ないでしょう。 

“ひとりの罪過によってすべての人が罪に定められたように”
       (ローマ人への手紙 第5章18節)。

ロバート・ベルはそれを理解しなかったのです。 ですから彼の全ての本が誤っているのです。 ロバート・ベルは、“ひとりの人によって、罪がこの世にはいり、また罪によって死がはいってきたように”(ローマ人への手紙第5章12節)という事を理解しなかったのです。 ベル氏は、“ひとりの罪過によってすべての人が罪に定められたように”(ローマ人への手紙第5章18節)という事を理解していないのです。 ベル氏は、“すなわち、ひとりの人の不従順によって、多くの人が罪人とされたと同じように”(ローマ人への手紙第5章19節)という事を理解していません。 ベル氏は、“アダムにあってすべての人が死んでいる”(コリント人への第一の手紙第15章22節)という事を理解していないのです。 ですからベル氏は、人が“罪過によって死んでいた”(エペソ人への手紙第2章5節)という事を理解していないのです。 全人類は、地獄においても自らを救う“決断”をする能力があると考えているのも不思議はありません。 ロバート・ベルは、アダムによって人類は堕落した事を信じていないのです。 彼は、全ての人類は“怒りの子”(エペソ人への手紙第2章3節)である事を信じていないのです。 彼は、人類は罪ののろいの下にいる事、人は非常に盲目で破滅し、堕落しており、神を求めていない事を信じていないのです。

“悟りのある人はいない、神を求める人はいない”
       (ローマ人への手紙3章11節)。

誰ひとり! この世の誰も、そして地獄にいる誰も! 口論の余地なし! 以上!

“悟りのある人はいない、神を求める人はいない”
       (ローマ人への手紙3章11節)。

“わたしをつかわされた父が引きよせて下さらなければ、だれもわたしに来ることはできない”(ヨハネによる福音書第6章44節)。

ベル氏は、人は鳥のように自由に“選択”(彼の好んでいる言葉)出来ると思っています。 彼は、“我々はそのような自由、そのような選択がある”(Love Wins, p. 72)と言っています。 彼にとってそれは単なる“詩”(Love Wins, p. 44)なのです。 

ロバート・ベルのポジションには名称があります。 それは、4世紀のペラギウスと称する修道士からでたペラギウス主義です。 ユニテリアン万人救助論派は、彼の一般的な見解を教えています。 ペラギウスの神学は、“アダムの罪は彼自身のみに影響し、全ての人類の魂は・・・無罪として創造され・・・そしてアダムの子孫への彼の罪の影響だけが、悪い模範であるという事である”(H. C. Thiessen, Ph.D., Introductory Lectures in Systematic Theology, Eerdmans Publishing Company, 1963 edition, p. 260)。

そしてまた、ペラギウス主義は、人の選択によっていつでもキリストを選び救われる能力がある事を教えています。 これは、人はどこでも、いつでも、地獄においても、“選択”、もしくは、“決断”することによって救われる事が出来る事を、ロバート・ベルが信じているということは明白です。 それは、“決断主義”の最も極端な形態です。 事実、ペラギウス主義は、“決断主義”のもう一つの呼び名です。 それは私達の教会に影響を与え非常に害しています。 “決断主義”は、ベルの場合のように、最終的に普遍救済説・万人救助論主義に導き、もしくは、エホバの証人の魂の消滅説へと導きます。 私の説教を読むよう、ここをクリックしてください。(“Rob Bell and the Jehovah’s Witnesses Compared.”) 私達の“決断主義”に関しての本はここをクリックしてください。(Today’s Apostasy: How Decisionism is Destroying Our Churches)。

ベルは、“我々にはそのような自由、そのような選択がある”(Love Wins, p. 72)と言っています。 聖書はそのようには教えていません。 それは宗教改革者、清教徒、バニヤン、ホウィットフィールド、ウェスリー、またスポルジョン達によって教えられた事ではありません。 ペラギウス主義は、私達のプロテスタント宗派やバプテスト宗派の先駆者によっては、全く支持されませんでした。 彼らは最後までペラギウス主義や普遍救済説に反対する説教をしました。 私達もそうするべきです!

“ひとりの罪過によってすべての人が罪に定められたように”
       (ローマ人への手紙 第5章18節)。

アイザック・ワッツ博士が、ローマ人への手紙第5章18節を明白に聖書に則り書いた、第一大覚醒のときに歌われた彼の賛美歌の一つを聴きなさい。

アダムから流れ下る腐れた血、
 その中は毒で満ち、
我々を善に背かせ、
 罪の奴隷へと導く。

我々は、遠く神と
 彼の愛から離され、
我々は、罪と地獄へ通じる
 危険な道へと素早く走る。

我々は日々、神の聖なる律法を破り、
 そして彼の恩恵を拒絶する。
神の聖なる御顔に反する
 サタンの恐ろしい企てに染まる。
   (“Our Unregenerated State” by Dr. Isaac Watts, 1674-1748;
       to the tune of “O Set Ye Open Unto Me”).

あなた方はそのように感じたことがありますか? あなた方は、アダムの“腐れた血”を受け継いだと感じたことがありますか? あなた方は、“[罪の]毒で満ち”と感じたことがありますか? あなた方は、“罪の奴隷”であると感じたことがありますか? あなた方は、神から遠く離され、神があなた方を見ることも、またあなた方の側にいてほしくないと 感じたことがありますか?  あなた方は“彼の愛から離され”たいと思いますか?

私はあなた方に警告します! 神は、“わたしの霊はながく人の中にとどまらない”(創世記第6章3節)と言われました。 私はあなた方に警告します! 神がもはやあなた方を罪のもとに置くことをなさらない時がきます。 そうして、あなた方は、この世で罪に定められるのです! その日はすでにあなた方にきているかもしれません! 私はあなた方に警告します! 神は、“わたしの霊はながく人の中にとどまらない”と言われたのです。

“ひとりの罪過によってすべての人が罪に定められたように”
        (ローマ人への手紙 第5章18節)。

今のままでどのようにあなた方はこれから生きていこうとするのですか? 体中を呪われたアダムの毒の血が流れながら、あなた方はどのように生きていこうとするのですか? 罪の奴隷のままで、あなた方はどのように生きていこうとするのですか? 自分が地獄へいく途中であるのを知っていながら、あなた方はどのように眠られるのですか?

そうです、あなた方は犯した罪の中で忘れられない罪を覚えているのを知っています。 ある一つの特別な罪があなた方にはあります。 それはあなた方を悩ましているでしょう。 しかし、聖霊の剣はより深く突き刺さらなければなりません。 あなた方は、自分のこころは非常に罪深いものであることを感じなければなりません。 すなわち、あなた方は生まれながらにして罪びとであるということです。 そして、神を愛すべきなのに、彼を愛さず、愛することもできず、神を喜ばすこともできず、あなた方自信を変えることはできないのです。 あなた方は、悪い行動以上に、まことの回心を経験しなければなりません。 あなた方は間違った状態にいるのです。 あなた方のこころは間違っていると感じさせられなければなりません。 あなた方はゆるし以上に、新しいこころと新しい状態が必要であると 感じさせられなければならないのです。 そのことは、自分ではできないのです。 あなた方は、ダビデが感じたように感じなければなりません。 あなた方は、彼が泣き叫んだように、“神よ、わたしのために清い心をつくり”(詩篇第51篇10節)と言わせられるように動かされなければなりません。 あなた方は、あなた方にはイエスが、そして、彼の清めの御血が必要であると感じさせられなければなりません! あなた方は、神ご自身によってキリストへ引き寄せられなければなりません(ヨハネによる福音書第6章44節を参照)。 あなた方は、ワッツ博士が彼の賛美歌の中で言われたことを感じさせられなければありません。 私は、一人称でその歌詞を変えてみました。 ソングシートの8番目です。 それを『O Set Ye Open Unto Me』の曲で歌ってください。

栄光と恵みの大いなる神、我は砕けた恥辱でもって負う、
我の堕落した人類と最初の父の名は、何と卑しむべきことか。

アダムから流れ下る腐れた血、その中は毒で満ち、
我を善に背かせ、罪の奴隷へと導く。

我は日々、神の聖なる律法を破り、そして彼の恩恵を拒絶する。
神の聖なる御顔に反するサタンの恐ろしい企てに染まる。

我は、遠く神と彼の愛から離され、
我は、罪と地獄へ通じる危険な道へと素早く走る。

我はご自身の御霊を送られる、天の父の御名を高く上げる
反逆の罪びとを近くに、そしてキリストの敵を友に向けさす。

そのような反逆者は直り、盲目は輝きをみるか?
主よ、汝の御子をみさせたまえ、彼の神聖なる御血を感じさせたまえ。
   (“Our Unregenerated State” by Dr. Isaac Watts, 1674-1748;
        altered by the Pastor; to the tune of “O Set Ye Open Unto Me”).

(説教終了)
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クレイトン L. チャン医師による説教前の聖書の朗読: ローマ人への手紙第5章12-19節。
ベンジャミン キンケイド グリフィス氏による説教前の独唱:
“Lord, I am Vile, Conceived in Sin”
(by Dr. Isaac Watts, 1674-1748; from Psalm 51).

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