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異なるイエス

R. L. ハイマーズ、Jr. 神学博士 著

ANOTHER JESUS
by Dr. R. L. Hymers, Jr.

ロスアンゼルスのバプテストタバナクル教会にて
2010年7月4日、主の日の朝の説教

“ただ恐れるのは、エバがへびの悪巧みで誘惑されたように、あなたがたの思いが汚されて、キリストに対する純情と貞操とを失いはしないかということである。というのは、もしある人がきて、わたしたちが宣べ伝えもしなかったような異なるイエスを宣べ伝え、あるいは、あなたがたが受けたことのない違った霊を受け、あるいは、受けいれたことのない違った福音を聞く場合に、あなたがたはよくもそれを忍んでいる”(コリント人への第二の手紙11章3-4節)。

サタンは初めの数世紀、キリスト教の布教を妨げる為に二つの策略を用いました。 彼は、神の働きに対抗する為に迫害と誤った教義を用いました。 私達の今朝のテキストで、サタン、その忌々しい蛇はコリントのクリスチャン達を惑わす為に誤った教えを用い、パウロが教会を設立した時に、彼が彼らに説教したキリストへの純粋な信仰から彼らを迷いに導きました。 

そうして、彼らは“にせの使徒”(コリント人への第二の手紙第11章13節)に耳を傾けていました。 そしてそれらのにせの教授達は宣べ伝えていました。

“わたしたちが宣べ伝えもしなかったような異なるイエス”
       (コリント人への第二の手紙第11章4節)。

私が個人的に知り合いであり、私達の教会でも説教したウォルター・マーティン博士(Dr. Walter Martin)は、このように言いました、

キリストの位格そして奉仕はキリスト教の信仰において正に根本的なものである・・・その当時の不正のカルト(グノーシス派とガラテヤ派)なる“異なる”イエスは、教会を脅かしていた・・・私達の時代にどのように的確に応用するかをよりよく理解する為には、私達は、聖書が正に明朗に警告している“異なる”イエスの幾つかの[現代における]例を引用する必要がある(Walter Martin, Ph.D., The Kingdom of the Cults, 1985 edition, p. 378)。

更にマーティン博士は、“私達は‘異なるイエス’の性質を理解し、そうしてそれをにせ者として認定する事がクリスチャンの義務であるという聖書に基づいた理由を上げなければならない”(Martin, 同著, p. 377)。 今朝は、今日の誤った宗教で象徴的な“異なる”イエスを認定する事にしましょう。

I. 最初に、クリスチャン・サイエンスの信じる“異なる”イエス。

マーティン博士は、クリスチャン・サイエンスに於いて、“グノーシス派が復興し、そして[クリスチャン・サイエンスの設立者][メアリー・ベイカー]エディ-夫人(Mrs. [Mary Baker] Eddy)は・・・このように、誰も誤って理解す事の無いように、[イエス・キリストの]彼女の見解を書き記しました。

霊なるキリストに間違い無いかった;実際の人としてのイエスはキリストではない(Miscellaneous Writings, p. 84)。

使徒ヨハネは、肉身なるイエスは、“キリストではない”とエディ夫人によって教えられた誤りのグノーシス派的な見解に対して強固にこう書いています、

“イエスを告白しない霊は、すべて神から出ているものではない。これは、反キリストの霊である”(ヨハネの第一の手紙第4章3節)。

メリル・アンガー博士(Dr. Merrill F. Unger)は、“出ている”は、ギリシャ語の“eleluthota”から来ており、それは現在形であり、肉身をもったイエスの復活は“単なる歴史的的な事実であるだけでなく、神による現象の表れである”(Merrill F. Unger, Ph.D., Demons in the World Today, Tyndale House Publishers, 1972 edition, p. 156)と指摘しています。 ノーマン・ガイスラー博士(Dr. Norman Geisler)は、ヨハネの第一の手紙第4章2節に関する注解で、“出ている”と言うフレーズは、“現在形[である]、それはイエスは過去に肉体を備えて来られ、そして[イエスの昇天後]肉体を備えた状態に留まられている事を示す”(Norman L. Geisler, Ph.D., The Battle for the Resurrection, Wipf & Stock Publishers, 1992 edition, p. 164)。 ですから、 “霊なるキリストに間違いは無かった;実際の人としてのイエスはキリストではない”(同著)と述べたエディ夫人は誤っていました。 使徒ヨハネはこう答えました、

“偽り者とは、だれであるか。イエスのキリストであることを否定する者ではないか”(ヨハネの第一の手紙 第2章22節)。

ですから、私達はクリスチャン・サイエンスの“霊なるキリスト”は真実のキリストではないという結論を下します。 それは“異なるイエス”であり、聖書、そして歴史上におけるイエスではありません!

II. 次に、エホバの証人の信じる“異なるイエス”。

エホバの証人は、常にイエスは“ひとつの神”であり、人の肉体をそなえた神ではないと教えています。 彼らは、こう言います、

イエスは、ひとつの“強大な神”であるが、エホバなる唯一の強大なる神ではない(The Truth Shall Make You Free, p. 47)。

エホバの証人の創始者、チャールズ・テイズ・ラッセル(Charles Taze Russell)は、イエスが地上に降りてくる以前は、天使長マイケルであったと述べています(Studies in the Scriptures, vol. 5, p. 84)。 ですから、エホバの証人の“イエス”は人となった天使なのです。 彼は“ひとつの”神であり、三位一体の二番目の神なる御子ではないのです。 それらが、エホバの証人の“イエス”を“異なるイエス” とさせる― 聖書におけるイエスとは異なる、誤った教えなのです。 イエスは、“ひとつの”神であるという見解を支持する為に、彼らはヨハネによる福音書第1章1節を誤訳しています。 ギリシャ語の“theos”は、実際、“ひとつの”神として訳す事は出来ません。 “言は神であった”と言う、キング・ジェイムズ訳が正しいのです。 そしてイエスは、このように、ご自分が、出エジプト記第3章14節の偉大な“わたしは有る”という神である事を宣言されました。

“アブラハムの生れる前からわたしは、いるのである”
       (ヨハネによる福音書第8章58節)。

更に、エホバの証人の、イエスの復活についての見解は、明白に彼らは“異なるイエス”を信じている事を示しています。 エホバの証人の出版書、『Make Sure of All Things』の中で、“霊なるイエスの昇天”( p. 320)である事を理解します。 更に、彼らは、“人は再びキリストを人間の型として見る事は無いであろうとキリストが断言したとして、キリストは見えないような状態で戻る”( p. 321)と書いています。 彼らは、 “神なる霊”として、キリストはよみがえられたと言っています(Martin, 同著, p. 97)。 しかし聖書は、キリストは霊としてはよみがえらなかった事を、明白にしています!

“こう話していると、イエスが彼らの中にお立ちになった。〔そして「やすかれ」と言われた。〕彼らは恐れ驚いて、霊を見ているのだと思った。そこでイエスが言われた、「なぜおじ惑っているのか。どうして心に疑いを起すのか。〔こう言って、手と足とをお見せになった。〕彼らは喜びのあまり、まだ信じられないで不思議に思っていると、イエスが「ここに何か食物があるか」と言われた。彼らが焼いた魚の一きれをさしあげると、イエスはそれを取って、みんなの前で食べられた”(ルカによる福音書第24章36‐43節)。

イエスが40日後に天に上がって行かれた時には、死からよみがえった肉と骨なる同じ身体でした。 

“イエスの上って行かれるとき、彼らが天を見つめていると、見よ、白い衣を着たふたりの人が、彼らのそばに立っていて言った、「ガリラヤの人たちよ、なぜ天を仰いで立っているのか。あなたがたを離れて天に上げられたこのイエスは、天に上って行かれるのをあなたがたが見たのと同じ有様で、またおいでになるであろう」”
      (使徒行伝第1章10-11節)。

ですから、私達はクリスチャン・サイエンスの“イエス”、そしてエホバの証人の“イエス”は、復活の際、どちらも霊である事を理解します。 

“霊には肉や骨はないが、あなたがたが見るとおり、わたしにはあるのだ」”(ルカによる福音書第24章39節)。

そのように、クリスチャン・サイエンスの“イエスは”“異なるイエス”であり、またエホバの証人の“イエス”も同じく“異なるイエス”なのです。

III. 三番目に、モルモン教の“異なるイエス”。

モルモン教会は、彼ら自身の書物の中で明白にされているように、イエスは多くの神々の内の一人であると宣言しています。

これらのイエス・キリストと彼の父を含めた神々は、それぞれ、単なる組織的な霊だけではなく、肉と骨なる栄光なる身体を所有している(Key to the Science of Theology, by Parley Pratt, 1973 edition, p. 44)。

モルモン教神学者プラット(Pratt)は、モルモン教派が信じる事を書き記しています。 彼らは多くの神々の完全な殿堂を所有しています。 しかし、聖書では、

“神は唯一であり、神と人との間の仲保者もただひとりであって、それは人なるキリスト・イエスである” (テモテへの第一の手紙 第2章5節)。

モルモン教会は、肉体化以前のイエスは、ルシファーの霊兄弟であったと言っています。 彼らは肉体化以後のイエスは、メリーとマルタの夫であり、一夫多妻者であったと言っています! ですから、キリスト教の聖書を理解する人にとって、モルモン教の“イエス”もまた、新約聖書に描かれている方ではなく、“異なるイエス”である事が明白です。 ウォルター・マーティン博士は、このように述べています、

クリスチャン・サイエンス、モルモン教、エホバの証人、そして全てのカルトのイエスは、[聖書]のキリストを狡猾にしたもじり事に過ぎない・・・しかし彼は[疑いも無く]、違った福音を象徴し、そして神聖と呼べるに想像するにも及ばない違った霊を伝える(Martin, ibid., p. 380)。 他の言葉で言うと、それは悪霊である!

イエスは、マタイによる福音書第24章24節で、これらの“にせキリストたち”について予言されました。

“にせキリストたちや、にせ預言者たちが起って、大いなるしるしと奇跡とを行い、できれば、選民をも惑わそうとするであろう”
       (マタイによる福音書第24章24節)。

更に、次の節で、キリストはこのように言われました。

“見よ、あなたがたに前もって言っておく”
       (マタイによる福音書第24章25節)。

IV. 最後に、リベラル・プロテスタント主義の“他のイエス”。

私は、若かった頃二つのリベラルな神学校を卒業しました。 次のような言葉を語ったリベラルなエミル・ブルーナー博士(Dr. Emil Brunner)の下で、私は学びました。

肉体の復活などありえない!(参照:Norman L. Geisler, The Battle for the Resurrection, Wipf & Stock Publishers, 1992 edition, p. 89)。

リベラルな神学者ルドルフ・ブルトマン博士(Dr. Rudolf Bultmann)は、キリストの復活は“過去の歴史に起こった出来事ではない・・・死からのよみがえりに関わる歴史的事実は、全くにおいて受け入れることの出来ない(inconceivable)ことである”(Geisler同著)。 ブルトマンは、“死体のよみがえりのようなおとぎ話的な出来事の不信憑性(incredibility)”と話しています(Geisler同著)。 フラー神学校のジョージ・エルドン・ラッド博士(Dr. George Eldon Ladd)は、イエスの復活は“肉体的生命の再帰である、死がいのよみがえりではなかった”と言いました(Geisler同著, p. 94)。 ラッド博士は、イエスの身体を“単に消えただけである”と教えました。(Geisler同著)。 トリニティー・エバンジェリカル神学校(Trinity Evangelical Divinity School)のムレー・ハリス博士(Dr. Murray Harris)は、“イエスの復活の現れは、単なる出現 で、彼が死んだ時と同じ身体ではない”と教えました(Geisler, 同著, p. 99) 。 しかし、イエスご自身が、彼が十字架で釘づけにされた身体と同じ身体で死からよみがえったと言われました、

“そこでイエスが言われた、「なぜおじ惑っているのか。どうして心に疑いを起すのか。わたしの手や足を見なさい。まさしくわたしなのだ。さわって見なさい。霊には肉や骨はないが、あなたがたが見るとおり、わたしにはあるのだ」。〔こう言って、手と足とをお見せになった。〕”(ルカによる福音書第24章38-40節)。

ですから、これらリベラルなプロテスタントと非福音伝道的な人達によって話されたイエスは、また、悲しいかな“異なるイエス”であると、私達は言わなければなりません。 これらのリベラルなプロテスタントは皆、イエスの復活を霊とみる見地を共有しています―すなわち、それは、エホバの証人とクリスチャン・サイエンスの信者が信じていることと実のところ同じなのです!

今日、そんなにも多くの人達が“異なるイエス”(コリント人への第二手紙第11章4節)を信じている主要な理由を説明することなくしては、私はこの説教を終えることはできません。 第二大覚醒(The Second Great Awakening)が終わりに近づく頃、名前をフィニー(C. G. Finney, 1792-1875)という一人の説教者が、牧師の、失われている人達への対応の仕方を大胆に変えてしまいました。 フィニーの前は、古い説教者は、証についての問い合わせに対して耳を傾けました。 しかし、フィニーはその方法から離れ、彼の“新しい基準(はかり)”を通して、数千人もの人達を、彼らの問いかけを聞くことも無く、そして、彼らが何を信じているかも考察することなく、教会を満たしました。 その後数十年以内に、ほとんどの説教者達は、フィニーの方法を取り入れました。 誰であろうと自分は回心したと口にすれば、真っ先に彼らを教会の会員に迎え入れました。 『今日の背教(Today’s Apostasy)』という本の中にその詳細は書かれています。 このウェッブサイト上で、それをただで読む事ができます。 “Today’s Apostasy”をクリックしてください

アサヘル・ネットルトン博士(Dr. Asahel Nettleton, 1783-1844)は、フィニーの“決断主義”に対抗した数少ないクリスチャン指導者の一人でした。 フィニーに持ち込まれた新しい方法について、次のように語りました、

この状況下、私は、偽りの回心の危険以外の何物も聞こえない、説教のモードの中でしばしば私は戸惑った。 数ヶ月間共に、その思いは決して離れなかった、悪魔の影響を受けたそのようないかなるものが存在した・・・興味本位の偽善、あるいは個人疑惑の人、かって思いもし無かったこと(Asahel Nettleton, D.D., quoted in Bennet Tyler and Andrew Bonar, The Life and Labours of Asahel Nettleton, The Banner of Truth Trust, 1975 reprint, pp. 367-368)。

再度、ネットルトン博士は言いました、

真の回心と偽りの回心を見分けることは・・・、説教者の重要な義務の一つである。これなくして・・・その働きは急に衰退する(同著)。

さて、これは正に起こったことなのです! 福音主義の働きは急激に衰退したのです。 フィニーの方法を使い、数千もの説教者達は、“真の回収と誤った回数の違い”を見分けられなかったのです。 数千もの説教者達は、“サタンの影響があることを”忘れてしまったのです。 そして、数十万にも上る数の回心をしていない人達が、牧師が彼らの回心を吟味することなく、教会の会員になってしまったのです。 牧師達の、人々の証を聞くことを怠った結果、全ての回心した人々が答えられる簡単な質問を怠った結果、数百万の人達が“異なるイエス”を信じてきたのです。 フィニーの後数十年の内に、プロテスタントとバプテスト教会は、リベラル、もしくは私が言及したカルトになった回心をしていない会員で満ちるようになったのです。 今日でさえ、モルモン教の“回心した”メンバーは、バプテスト教会から移った人達なのです、なぜなら、これらのバプテストは、今までに一度も回心の経験をもったことがないからです。

あなたは、テキサス州だけをみても、モルモン教徒は、毎週バプテスト教会を“食いつく”していることを知っていましたか? そうです、そこでは毎週三百人ほどのバプテスト教徒を取り入れているのです。このスピードでいけば、二十年かで、彼らは南部バプテスト協議会を越し、アメリカでカトリックを除いて最大の規模になるであろう。カルバリーコンテンダー(Calvary Contenderは、“モルモンはバプテストを回心させる。モルモンは、他のどのグループよりも、多くのバプテストを回心してきた”とリポートしている(Calvary Contender, May 15, 2001, p. 2) 。サウスウエスタン・バプテスト・セオロジカル・セミナリー(Southwestern Baptist Theological Seminary)の学長であるペイジ・パターソン博士(Dr. Paige Patterson)は、“それは真実かもしれない”と同意する(Calvary Contender, 同著); 参照R. L. Hymers, Jr., Th.D., A Puritan Speaks to Our Dying Nation, Hearthstone Publishing, 2002, pp. 11-12) 。

この嘆かわしい状況は、教会の会員が真に回心しているかどうかを、可能な限り見極めることのできるバプテストの説教者によって、矯正されることができるのです!

1903年、バプテスト牧師のチャペル(F. L. Chapell)は、“大覚醒後の暗黒の日々は、教会の会員制を代える教義をもって、誰かが断固として、明確に、そして強い決意をもって立たない限り、再来するであろう” と語りました(F. L. Chapell, The Great Awakening of 1740, written in 1903)。 我々は今、彼が百年前に予言した“暗黒”の時代に生きているのです

スポルジョン(C. H. Spurgeon)は、古からの方法を受け継ぐ最後の説教者の一人でした。 当時では最大のバプテスト教会の牧師であったにもかかわらず、彼は教会の会員の言葉に耳を傾け、洗礼を施す前に彼ら一人一人の証を吟味するほど彼らを愛していました。

私はあなた方に、“キリストのために決心しなさい”と、問いかけたとしたら、疑いも無くあなた方の多くはその呼びかけに応えるでしょう。 しかし、52年の聖職者としての経験から、あなた方のほとんどすべて―おそらく、あなた方一人残らず、教会へ来なくなり、自己中心的な罪の生活へ戻っていくことを私は知っています。

全ての回心は、全く同じものではありません。 しかし、あなたは罪の悟りに置かれなければなりません、そして、あなたの心の堕落を感じなければなりません。 そうしてのみ、あなたは十字架であなたの罪の罰を償うために死なれたキリストの死の価値を知るでしょう。 そうしてのみ、彼の真の御血でもってあなたの罪を洗い流すために、真のイエスが必要であると知るでしょう。 そうしてのみ、あなたは真のイエスに来るでしょう、そして、そうしてのみ、彼によってあなたは真のクリスチャンとして、またローカルの教会の真の教会員として生きることでしょう。

(説教終了)
ハイマース博士の説教は毎週インターネットでご覧になれます。
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クレイトン L. チャン医師による、説教前の朗読:マタイによる福音書第24章23-25節.
ベンジャミン キンケイド グリフィス氏による説教前の独唱:
“One Day” (by J. Wilbur Chapman, 1859-1918).

要 綱

異なるイエス

R. L. ハイマーズ、Jr. 神学博士 著

“ただ恐れるのは、エバがへびの悪巧みで誘惑されたように、あなたがたの思いが汚されて、キリストに対する純情と貞操とを失いはしないかということである。というのは、もしある人がきて、わたしたちが宣べ伝えもしなかったような異なるイエスを宣べ伝え、あるいは、あなたがたが受けたことのない違った霊を受け、あるいは、受けいれたことのない違った福音を聞く場合に、あなたがたはよくもそれを忍んでいる”(コリント人への第二の手紙11章3-4節)。

(コリント人への第二の手紙11章13節)。

I.   最初に、クリスチャン・サイエンスの信じる“異なる”イエス。
ヨハネの第一の手紙第4章 3節;第2章22節。

II.  次に、エホバの証人の信じる“異なるイエス”。
ヨハネによる福音書第1章1節;
出エジプト記第3章14節;
ヨハネによる福音書第8章58節;第20章28節;
ルカによる福音書第24章36-43節;使徒行伝第1章10-11節。

III. 三番目に、モルモン教の“異なるイエス”。
テモテへの第一の手紙第2章5節;
マタイによる福音書第24章25節。

IV. 最後に、リベラル・プロテスタント主義の“異なるイエス”。
ルカによる福音書第24章38-40節。