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自由主義派なる神学校での宋博士とわたし

(ジョン・宋博士についての説教―その二)

R. L. ハイマーズ、Jr. 神学博士 著

WITH DR. SUNG AT THE LIBERAL SEMINARY
(SERMON #2 ON DR. JOHN SUNG)

by Dr. R. L. Hymers, Jr.

ロスアンゼルスのバプテストタバナクル教会にて
2009年6月22日、月曜日の夜の説教

“これは、その愛する御子によって賜わった”
(エペソ人への手紙第 1章6節).

私は最近、1930年代の偉大な中国の伝道者、ジョン・宋博士の生涯を学んでいます。 ジョン・宋博士の生涯についての私の研究で、彼と私の生涯の間に、多くの類似点そして幾つかの相違点があることに気がつきました。それらは、現在私のウェブサイトwww.realconversion.com上で、中国語、インドネシア語、韓国語、日本語、タガログ(フィリピン)語、アラブ語、ロシア語、スペイン語、フランス語、ポーランド語、そして英語で記載されています。 文書で私の説教を読む人達にとって、興味をそそる事ではないかと思います。

幼少・青年期

ジョン・宋博士の人生と私の人生の初期には幾つかの主な相違点があります。 彼はクリスチャンの家庭に生まれました。 私はクリスチャンとは関わりの無い家庭に生まれました。 私の父はセールスマンでした。 宋博士の父親は牧師でした。 宋博士の父親は彼が聖職者となる事を望んでいました。  私の父は私が聖職者になる事には賛成しませんでした。 宋博士は、幼少の頃から優秀な学生であり、二十代代の中頃アメリカの大学で、彼は博士号を21ヶ月の期間で修得しました。 それに比べて私は、高校を中退し苦闘しながらも夜間の高等教育を終え神学校に行きましたが、そこでも落第しました。 しかし、私はその学校を終える直前に回心しました。 宋博士は常に優秀な学生でした。 彼は学士号も優等で修得しました。 彼は化学の修士号を9ヶ月で修得し、化学の博士号も21ヶ月で修得しました。 それに引きかえ、私は、回心する以前はとても惨めな学生でした。 私は高校を落第し、一回目に大学へ通った時にも落第しました。 私は二度目に大学へ戻る前に回心しましたが、彼は、神学校で回心しました。 私は1961年9月28日に、バイオラ・ユニバーシティでのチャールズ・ウッドブッリッジ博士(Dr. Charles J. Woodbridge)による説教を聞いている際に回心しました。 宋博士は、ニューヨーク市にあるユニオン神学校の最初の年の終りに回心しました。 

神学校時代

幾つかの類似点が私達の生き方の中で見い出されるのは、宋博士が自由主義派のユニオン神学校に通っている時でした。 私は、回心する以前に、カリフォルニア州のハンティングトン市のバプテスト教会で、聖職者としてすでに使命を受けていました。 宋博士と同じく、私はこの時期に、中国人への伝道に非常に関心を持つようになりました。 ジェイムス・ハドソン・テイラーの生涯についの本、そしてジョン・ウェスリーの日誌を読んだ後、私は神が台湾または香港で宣教師として説教する事を自分に使命されているように感じました。 私は1960年代の初期に中国語を勉強し始めましたが、ロスアンジェルス・シティー・カレッジに行き始めた時に、中国語の勉強を止めました。 1961年の一月の初めに、私は、ロスアンジェルス・ファースト・バプテスト教会の会員になりました。 私は、そこの教会の日曜学校を教え、毎週ジュニア・チャーチの子供達に説教し、そしてその教会での他の奉仕に何時間も費やしながら、夜間は大学へ通うなどして、この期間、非常に忙しいスケジュールをこなしました。 昼間は、私はフルタイムで働き、夜間は大学へ通いました。 週末の教会でのこれらの全ての奉仕は、私にとって非常に困難なことでした。 私は、当時大統領立候補者であったリチャード・ニクソンが推薦した、ノーマン・ビンセント・ピールの、The Power of Positive Thinking と題する本を読みました。 ノーマン・ビンセント・ピール博士(Dr. Norman Vincent Peale)が自由主義派であった事は、私は当時知りませんでした。 しかし彼のその本の中に、私にとって肯定的な印象を与えた一つの章がありました。 その章の中で彼は、ピリピ人への手紙第4章13節の聖句を暗記し、その約束を主張するように述べていました。

“わたしを強くして下さるかたによって、何事でもすることができる”(ピリピ人への手紙第4章13節)。

その聖句の約束を主張する事が、私の人生の転換期となりました。 私はカリフォルニア州政府機関のコーポレーション部門のメールとファイル室で毎日フルタイムで働き、夜間の大学で多くの課程を抱え、週末にはファースト・チャイニーズ・バプテスト教会で多くの奉仕活動を行うといった過密のスケジュールの中で、大学課程を無事やり遂げる事が出来るよう、キリストが私を力づけて下さることを祈り願って、私はピリピ人への手紙第4章13節を毎日のように黙想しました。 そしてその約束が私にとって真実と迫ってきました。 私は1970年の春にカリフォルニア州立大学ロスアンジェル校(Cal State L.A.)を卒業しました。 

ファースト・チャイニーズ・バプテスト教会は南部バプテスト協議会に属していました。 南部バプテスト派の人達により、聖職者として叙任される為には神学校を出なければならないと私は知らされました。 私は、1960年9月にカリフォルニア州のハンティントン・パークのファースト・南部バプテスト教会にて説教する許可は得ており、1970年に学士課程は終えていましたが、神学校で3年間の修士課程を完全に終えない限り、南部バプテスト派協会は私を聖職者として叙任しませんでした。 私には、バイオラの保守派のタルボット神学校(Talbot School of Theology)へ通えるような十分な資金がなかったので、サンフランシスコの北方、マリーン郡ミルバレー市にあるゴールデンゲイト・バプテスト神学校に通う事だけが私の唯一のオプションのように思えました。 私はその学校が自由主義派である事は承知していましたが、ファースト・チャイニーズ・バプテスト教会のリーダーの方々が私には害にはならないであろうと言いました。 それは私の牧師、(ボブジョーンズ・ユニバーシティの修士課程で教えていた)ティモシー・リン博士(Dr. Timothy Lin)は、神学校でトレーニングを受けるよりは、むしろ彼の指導の下で保守的な神学を完全に私にトレーニングをする事を望まれたからです。

私をゴールデンゲイト神学校に送る事は、私にとって益になるであろうと彼らは思ったのですが、それは最善策ではありませんでした。 当時、非常に自由主義派であった(現在は保守派の傾向ではあるが)その学校で学んだ事が直接の原因となり、私は聖職をあきらめる寸前にまで追い詰められました。 しかし、私がゴールデンゲイトに行った時、そこは正に文字通り過激な自由主義派の温床であり、宋博士が1929年の秋に通った時の、ニューヨークのユニオン神学校と非常に良く似ていました。 ユニオン神学校では、ゴールデンゲイト神学校と同様な自由主義的見解を教えていました。 ジョン・宋博士の伝記作家は、ユニオン神学校についてこのように述べています。

 

[ジョン・宋]は、直ぐに、この学校の聖書とクリスチャン信仰への接近は主として哲学的な事であると気づいた。全ての問題は人間の判断力によって解決できた。“科学によって正当化されない聖書における全ては、信じる価値がない事として拒否された。創世記は史実ではなく、非科学的な奇跡の所信とされている。キリストによる身代わりの死、そして身体ごとのよみがえりが否定されている半面、史実なるイエスは見習う為の理想として表している。祈りは多くの場合、拒否されていた。そのような見解に(不同意する事)は、見下され、嘲笑の対象となった。祈りは多くの場合主観的に価値あるものと見なされていた。(Leslie T. Lyall, A Biography of John Sung: Flame of God in the Far East, 1965 edition, pp. 29-30). 

それは正に、ゴールデンゲイト神学校での三年間の神学修士課程で私が教えられた事実でした。

その神学校で、宋博士は牧師であった父親から教わった子供の頃の信仰を失いました。 彼は仏教、そして道教を学び始め、彼が求めていた心の平穏を老子の教えが彼にもたらしてくれるのではないかと思いました。 彼は老子の老荘哲学(Tao Teh Ching)を翻訳し、また彼のとった一つのクラスでは、その哲学者についての論文をも書きました。 また彼は、自分の寮の部屋で仏教の経典を一人で唱え始めました。“自制を通して、仏が・・・語った救いを彼が求め得る事を願いながら、しかし彼の心は暗黒に留まった”(Lyall同著, p. 31)。

“この精神状態の中で、彼は中国人と親交をもち、その関係は、愛にまで発展した。 しかし、彼には中国に両親が選んだ婚約者がいたので(この親交は壊れた)。 この破局は、彼のこころに新たな重石となり、耐えられないものとなった。 彼は‘我が魂は、荒野に彷徨う。 眠る事も食べることも出来ず、我がこころは深い失望で満たされた’と書いている(同著Lyall, p. 31)。 ”宋博士の生涯を綴った伝記本の中で最もよく彼の生涯を描いた本『ジョン・宋の思い出“I Remember John Sung”』(作者Rev. William E. Schubert)を購入希望者はこのリンクをクリックしてください www. strategicpress.org

自由主義派の神学校でジョン・宋が感じそして体験した多くの事を、私はゴールデンゲイト神学校で三年間に渡り私自身も感じました。 当時私は、非常に孤独で、深く憂鬱となり、聖職を完全にあきらめる事を深刻に考えました。 これらの事において、私の思いはジョン・宋の思いとよく似ていました。  

変化

しかし、一つの主要な違いがありました。 ジョン・宋は、当時まだ回心を体験していませんでした。 私は1961年9月28日に、すばらしい説教者、チャールズ・ウッドブリッジ博士(Dr. Charles J. Woodbridge)による説教を聞いた時に、私は真に回心を体験していました。 私は何年も前に、バイオラ大学で、明確な形でキリストに来、彼の御血により清められ、新たに生まれ変わりました。  

同じような深刻な憂鬱の状態の中で、宋博士はキリストに来て回心しました。 一方、私はすでにキリストを知っていましたが、私は悪魔によって非常に悩まされ、試され、私は聖職者として続けられないと感じるようになりました。 

そうして、ある夜中の2時頃に、私は聖書の言葉が頭に浮かび目が覚めました、

“これは、その愛する御子によって賜った”
       (エペソ人への手紙第1章6節)。

私は、起き上がりその聖句を注解書で調べました。 神が私に、“これはあなたへの聖句である。 あなたが、‘その愛する御子によって賜った’。 あなたは賜った、なぜならあなたは私の愛する御子、イエス・キリストの“内に”いるからである。 誰もあなたを受入れない、だが私は受入れる。 あなたは私の御子によって受入れられた、なぜならあなたは私の愛する御子の‘内に’いるからである”、と私に語られているように思われました。 私はベッドから飛び降り、服を着て、夜中に、神学校の裏の平らな丘の上へと走っていきました。 遠くから、私は金門橋の明かりを南東に、そしてタマルパイス丘を西に見ました。 氷のように冷たい風が私の髪を通り抜け、神が再び私に語りかけているように思えました。 神が、“これからは人を喜ばす為の説教をあなたはしないであろう。 これらからは私を喜ばす為に説教をするであろう。 これからは私の説教者となりなさい。” そして神は、私は老年になるまで主要な奉仕はしないであろうと告げられました。 私はまたベッドに戻り、神が、二度目に、私に説教するよう使命された事を知って真に恐怖心を感じました。 私は決してジョン・宋博士のような伝道者、また私が目指していたような外国への宣教者となる事は決して出来ないでしょう。私は年が行き過ぎています。 しかし私は、東南アジアそして世界の国々にいる伝道者達が、私の福音のメッセージの文書を取り、それらを説教し、そして私の代わりとなって、私のメッセージを説教し、1961年に、私が二十歳の時に望んでいた事を果たしてくれるように祈っています。 

では、今晩ここにいる若者達に向けて、出版されたばかりの本Extracts from the Diary of John Sung(Genesis, 2008, Rev. Hwa Young of Malaysia)の序文を挙げます。

過去40年余りの私の成人の人生において、私はアジアの教会が成長し、そしてその大胆さを見てきた。さらに私は、神がキリストを布告する奉仕において、致命的な任務に私達を使命されているように思われる。しかしアジアでの教会がこの奉仕に関して忠実となるには、非常に明白に理解されるジェイム・デニーの言葉、そしてジョン・宋の言葉を心に留める人々がなくてはならない・・・それに伴って生じなければならない事は、“現在の邪悪なる世において、大いなる克己(自制)が無くてはならない。 もし、すばらしいクリスチャンの生活手段なるものがあるべきならば、”そして、特に若い世代の人達の間でそれに応じて生きる事を挑戦する、 もし真にその名にふさわしいクリスチャンとしての生活手段があるべきならば、”と言う事を明白に理解しているアジアのクリスチャン、特に今日の若者達の間の新たな世代の人達が、それにふさわしく生きる事をあえて挑戦することである!  それは、キリストの御国、そして神の栄光に向かって、多くのすばらしいクリスチャンの生き方へと導く、卓越した[自制]の意味を知っている人達の動きとなるであろ(Rev. Hwa Young, The Journal Once Lost: Extracts from the Diary of John Sung, Genesis, 2008, pp. xiv-xv)。

克己と自制は、回心によって生じます。 あなた方は自分の罪を告白し、それを断念して回心しなければなりません。 ジョン・宋は偉大なクリスチャンでした、なぜなら彼にはすばらしい回心が伴ったからです。 彼には偉大な回心がありました、なぜなら彼は大いなる自制があったからです。 彼は、自分の学者としての勲章、そして全米優等学生友愛会からの金の鍵を海に投げ捨てました。 彼は化学における博士号を保持していましたが、彼は学究的世界に背を向け、中国そして東南アジアの貧しい人々や浮浪者達に向かって説教しました。 ジョン・宋は自分自身、そして彼が得る事が出来たであろう快楽の人生を拒絶しました。 彼が回心した何日か前の晩に、神はこのようにジョン・宋に告げられました、

“人が全世界をもうけても、自分の命を損したら、なんの得になろうか”(マルコによる福音書第8章36節)。

あなた方を抑制している罪をあきらめなさい。 あなた方の罪を神に詳細に言い表しなさい。 聖霊が、あなた方を深く改めさせるようにしなさい。 俗世を断念しなさい! 断念しなさい! キリストにあなた方の人生を優先させなさい。 イエス・キリストに来て、彼の御血によりあなた方の罪を清めてもらいなさい。 そしてキリストの為に、あなた方の心、魂そして命を込めて生きなさい。

起立して、ソングシートの最後の賛美歌を歌ってください。

わがめをひらきて さやにみせたまえ
いままでのしらざりし みふみのまことを
われいましずかに わが主をまつなり
主よあたえたまえ さとりを!

にぶきみみなれど こえをかけたまえ
ただ主のみことばに したがいまつらん
われいましずかに わが主をまつなり
主よあたえたまえ さとりを!

主よわがくちびる ときてうたわしめ
たえなるみめぐみを つたえしめたまえ
われいましずかに わが主をまつなり
主よあたえたまえ さとりを!v    (『わがめをひらきて』“Open My Eyes, That I May See”      by Clara H. Scott, 1841-1897).

マルコによる福音書第7章31節から35節を声を上げて朗読してください。 そしてその賛美歌の二番を歌って下さい。

“それから、イエスはまたツロの地方を去り、シドンを経てデカポリス地方を通りぬけ、ガリラヤの海べにこられた。すると人々は、耳が聞えず口のきけない人を、みもとに連れてきて、手を置いてやっていただきたいとお願いした。そこで、イエスは彼ひとりを群衆の中から連れ出し、その両耳に指をさし入れ、それから、つばきでその舌を潤し、天を仰いでため息をつき、その人に「エパタ」と言われた。これは「開けよ」という意味である。すると彼の耳が開け、その舌のもつれもすぐ解けて、はっきりと話すようになった”
      (マルコによる福音書第7章31-35節)。

『わがめをひらきて』のコーラスの部分を歌って下さい。

われいましずかに わが主をまつなり
主よあたえたまえ さとりを!

マルコによる福音書第7章33節を声を上げて朗読してください。

“そこで、イエスは彼ひとりを群衆の中から連れ出し、その両耳に指をさし入れ、それから、つばきでその舌を潤し、そこで、イエスは彼ひとりを群衆の中から連れ出し、その両耳に指をさし入れ、それから、つばきでその舌を潤し”(マルコによる福音書第7章33節)。

イエスはその人の両耳に指をさし入れ、それから、つばきでその舌を潤しました。 イエスは、現在ここにはいず、そのような事はされません。 しかし、イエスは今それをなさるように聖霊を送られます。 イエスはあなたが聞けるように耳を開かれなければなりません。 彼はあなたの罪を告白するように、あなたの舌を解かれなければなりません。 『わがめをひらきて』のコーラスの部分を歌いなさい。

われいましずかに わが主をまつなり
主よあたえたまえ さとりを!

マルコによる福音書第7章37節を声を上げて朗読して下さい。

“彼らは、ひとかたならず驚いて言った、「このかたのなさった事は、何もかも、すばらしい。耳の聞えない者を聞えるようにしてやり、口のきけない者をきけるようにしておやりになった」”
       (マルコによる福音書第7章37節)。

イエスは、耳が聞こえない人を聞こえるようにし、口の聞けない人を話せるようになさいました。 今日、イエスは聖霊によってこのような事をなさいます。 ヨハネによる福音書第16章7節から11節を声を上げて朗読して下さい。 

“しかし、わたしはほんとうのことをあなたがたに言うが、わたしが去って行くことは、あなたがたの益になるのだ。わたしが去って行かなければ、あなたがたのところに助け主はこないであろう。もし行けば、それをあなたがたにつかわそう。それがきたら、罪と義とさばきとについて、世の人の目を開くであろう。罪についてと言ったのは、彼らがわたしを信じないからである。義についてと言ったのは、わたしが父のみもとに行き、あなたがたは、もはやわたしを見なくなるからである。さばきについてと言ったのは、この世の君がさばかれるからである”(ヨハネによる福音書第16章7-11節)。

『わがめをひらきて』のコーラスの部分を歌って下さい。

われいましずかに わが主をまつなり
主よあたえたまえ さとりを!

『わがめをひらきて』のコーラスの部分を歌って下さい。

われいましずかに わが主をまつなり
主よあたえたまえ さとりを!

着席してください。 ヨハネによる福音書第16章7節を見てください。

“しかし、わたしはほんとうのことをあなたがたに言うが、わたしが去って行くことは、あなたがたの益になるのだ。わたしが去って行かなければ、あなたがたのところに助け主はこないであろう”
        (ヨハネによる福音書第16章7節)

イエスは、耳の聞こえない人そして口のきけない人に御自身がじきじきになさる事を行うために、助け主なる聖霊を送られるのです。 “もし行けば、それ(彼)をあなたにつかわそう。” 

“それがきたら、罪と義とさばきとについて、世の人の目を開くであろう。罪についてと言ったのは、彼らがわたしを信じないからである。義についてと言ったのは、わたしが父のみもとに行き、あなたがたは、もはやわたしを見なくなるからである。さばきについてと言ったのは、この世の君がさばかれるからである”
       (ヨハネによる福音書第16章8-1節)。

しかし、もし彼(聖霊)が罪と義とさばきについてあなた方を悟らせるのならば、どう言うわけで聖霊は、“助け主”と呼ばれているのでしょうか?  それは単に、あなた方が罪を悟るまで、あなた方は助けられないからです。 『わがめをひらきて』のコーラスの部分を歌って下さい。

われいましずかに わが主をまつなり
主よあたえたまえ さとりを!

では、ヨハネによる福音書第16章14節と15節を朗読して下さい。

“御霊はわたしに栄光を得させるであろう。わたしのものを受けて、それをあなたがたに知らせるからである。父がお持ちになっているものはみな、わたしのものである。御霊はわたしのものを受けて、それをあなたがたに知らせるのだと、わたしが言ったのは、そのためである” (ヨハネによる福音書第16章14-15節)。

キリストはそこにおられ、彼の指をその人の耳に差し入れ、彼の舌を触られました。 今日では、聖霊が“わたしのものを受けて、それをあなた方に知らせるからである。 『わがめをひらきて』のコーラスの部分を歌って下さい。

われいましずかに わが主をまつなり
主よあたえたまえ さとりを!

そのようして回心は生じるのです。 聖霊は説教された言葉を聞くように、あなた方の耳を開かれるのです。 聖霊がそのようにされるよう(皆で)祈ってください。 “わがみみをひらきて。”

われいましずかに わが主をまつなり
主よあたえたまえ さとりを!

そうして、聖霊はあなた方をとがめ、罪を悟らせます。 あなた方は唇をあけ、罪を告白しなければなりません。 聖書はこのように言っています、

“もし、わたしたちが自分の罪を告白するならば、神は真実で正しいかたであるから、その罪をゆるし、すべての不義からわたしたちをきよめて下さる” (ヨハネの第一の手紙第1章9節)。

『わがめをひらきて』のコーラスの部分を歌いなさい。

われいましずかに わが主をまつなり
主よあたえたまえ さとりを!

そうしてその後に、“聖霊は[キリストのなされた]その事をもって、[彼を]あなた方に知らしめます”。

罪が、あなたがキリストに行くのを拒めています。 あなたは罪を告白し悔い改めなければなりません。 詩篇第139編23節と24節を歌いなさい。 スコフィールド・バイブルの667ページにあります。

“神よ、どうか、わたしを探って、わが心を知り、わたしを試みて、わがもろもろの思いを/知ってください。わたしに悪しき道のあるかないかを見て、わたしをとこしえの道に導いてください”
      (詩篇第139篇23-24節)。

(説教終了)
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