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不変なるキリスト―クリスマスの説教

R. L. ハイマース、Jr. 神学博士 著

THE UNCHANGEABLE CHRIST – A CHRISTMAS SERMON
by Dr. R. L. Hymers, Jr.

ロスアンゼルスのバプテストタバナクル教会にて
2007年12月9日、主の日の朝の説教

“イエス・キリストは、きのうも、きょうも、いつまでも変ることがない”(へブル人への手紙第13章8節)。

キリストの誕生を羊飼い達に知らせる為に主の御使いが現れたのは、暗い夜の事でした。 今日、世の中は再び暗闇となりました。 クリスマスのメッセージが意義ある事として帯びるのは、暗闇の中のこの世の背景に反してなのです。

カール・ヘンリー博士(Dr. Carl F. H. Henry)は、20世紀の有名な福音主義神学者でした。 生涯の終わりに、ヘンリー博士はTwilight of a Great Civilization(偉大な文明の衰退期)と題した本を書きました。 その本からの幾つかの引用文は以下の通りです。 彼はこのように書いています、

我々の世代は神の実在を失っている・・・その紛失の為に、我々の世代は異教思想へと敏速なぶり返しとして、大きな犠牲を払っている・・・野蛮人が近づいている。 全世代が、再生[新生]の認識なしに育っている・・・野蛮人達は堕落していく文明のほこりを扇動しており、そしてすでに、無能な教会の影に入り込んでいる(Carl F. H. Henry, Ph.D., Twilight of a Great Civilization, Crossway Books, 1988, pages 15-17)。

ロバート・ボーク判事(Judge Robert Bork)は、最高裁判所判事へのノミネーションで、激しく異議を唱えられた十年後に、その判事はこのように言いました、

我々の文化は、ポピュラーなミュージックから宗教に至るほぼ全ての面で、堕落している(Christianity Today, May 19, 1997, p. 30)。

彼は、私達がこのようになりつつある事を示しています、

・・・無情で、無秩序な文化は・・・かって無くむかつくほどの卑劣へと落ち込んでいる(Robert H. Bork, Slouching Toward Gomorrah: Modern Liberalism and American Decline, HarperCollins, 1996, p. 140)。

ビリー・グラハム(Billy Graham)は“我々は自己破滅の瀬戸際に浮いている社会である(Los Angeles Times, May 3, 1996, p. A-10)。イエスはこのように言われました、

“また、戦争と戦争のうわさとを聞くであろう・・・民は民に、国は国に敵対して立ち上がるであろう。またあちこちに、ききんが起り、また地震があるであろう。しかし、すべてこれらは産みの苦しみの初めである・・・また多くのにせ預言者が起って、多くの人を惑わすであろう。また不法がはびこるので、多くの人の愛が冷えるであろう” (マタイによる福音書第24章6-12節)。

そのキリストの予言は、今日の時代に真実となって迫っているように思えます。 毎日のように、私達は地球の温暖化、テロ、戦争、妊娠中絶、大虐殺、飢饉、そして、新しい病気による死亡などの恐ろしい報告を聞きます。 私達は、身の回りの変化や衰退を見ます。 そして私達は、“永続するものは在るものか?”などと問います。 衰退せず、堕落しないものは存在するであろうか?聖書では、このように、不変な事の存在を表しています、

“イエス・キリストは、きのうも、きょうも、いつまでも変ることがない”(へブル人への手紙第13章8節)。

I. 最初に、キリストは過去も同じであった。

聖書はキリストについてこのように書いています、

“ほふられた小羊・・・世の初めから”
      (ヨハネの黙示録第13章8節)。

ギル博士(Dr. Gill)は、この節についてこのように述べています、

[キリスト]は、この世の創造以前から、彼の御血によって御自分の民を贖うよう、前もって定められていた(John Gill, D.D., An Exposition of the New Testament, The Baptist Standard Bearer, 1989 reprint, volume III, p. 793)。

“神はわたしたちを救い、聖なる招きをもって召して下さったのであるが、それは、わたしたちのわざによるのではなく、神ご自身の計画に基き、また、永遠の昔にキリスト・イエスにあってわたしたちに賜わっていた恵み”(テモテへの第二の手紙第1章9節)。

聖書では、キリストは、造られたのではなく、生まれた不滅なる御子、聖なる三位一体の二番目の方であると教えています。 使徒パウロの言葉を借りれば、神は、

“万物の造り主”(エペソ人への手紙第3章9節)。

“万物は、天にあるものも地にあるものも、見えるものも見えないものも、位も主権も、支配も権威も、みな御子にあって造られたからである。これらいっさいのものは、御子によって造られ、御子のために造られたのである。彼は万物よりも先にあり、万物は彼にあって成り立っている”(コロサイ人への手紙第1章16-17節)。

そして、使徒ヨハネの言葉では、

“初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。この言は初めに神と共にあった。すべてのものは、これによってできた。できたもののうち、一つとしてこれによらないものはなかった”
      (ヨハネによる福音書第1章1-3節)。

“イエス・キリストは、きのうも、きょうも、いつまでも変ることがない”(へブル人への手紙第13章8節)。

キリストが、この世に住む為に天から下って来られたのは、過去なる“きのう”の事でした。

“しかし、時の満ちるに及んで、神は御子を女から生れさせ、律法の下に生れさせて、おつかわしになった”
       (ガラテヤ人への手紙第4章4節)。

それが、御子である神の托身、クリスマスに関する全てなのです!神は天から下られ、人間の身体をまとわれ、そして私達の間に住まわれました!人の罪は、ゲツセマネの園で、キリストの上に置かれました。

“イエスは苦しみもだえて、ますます切に祈られた。そして、その汗が血のしたたりのように地に落ちた” (ルカによる福音書第22章44節)。

彼らはイエスを捕らえ、むちで彼を打ちました。 彼らは、イエスを十字架につけ、彼はそこで死なれました。 “わたしたちの罪のために死んだこと”(コリント人への第一の手紙第15章3節)。 しかし、“聖書に書いてあるとおり、三日目によみがえったこと”( コリント人への第一の手紙第15章4節)。彼が死からよみがえられた時、このように言われました、

“わたしの手や足を見なさい。まさしくわたしなのだ。さわって見なさい。霊には肉や骨はないが、あなたがたが見るとおり、わたしにはあるのだ」” (ルカによる福音書第24章39節)。

“祝福しておられるうちに、彼らを離れて[天にあげられた]”
      (ルカによる福音書第24章51節)。

それらの全ては過去に起こりました。しかし、私達のテキストは更に続けて、次の要点に私達を導きます。

II. 次に、キリストは今日も同じである。

“イエス・キリストは、きのうも、きょうも、いつまでも変ることがない”(へブル人への手紙第13章8節)。

預言者イザヤはこういっています、神は、

“その命をながくすることができる”( イザヤ書第53章10節)。

その節に関して、偉大なスポルジョン(Spurgeon)はこのように語っています,

“その命をながくすることができる。” その通り、御名に祝福あれ、彼が死なれた時、彼の命は終えられなかった。 彼は墓の中で長く捕虜の身とされる事はなかった。 三日目の朝が来、征服王はよみがえられ・・・死の手かせを壊され、監獄より出て来られた、もはや死は無い。 彼は40日を待れ、そうして聖なる賛美の叫びと共に、彼は“捕らわれた囚人を率いり、昇天された。” “罪の贖いのために一度死なれ、されど彼は、神の下へと生きられる”、 死なれる事はもう無く、

今や、御父の脇に座られ、
   そして勝利を得られ、

死と黄泉の征服王となられた (C. H. Spurgeon, “The Death of Christ,” The New Park Street Pulpit, Pilgrim Publications, 1981 reprint, volume III, p. 72)。

“イエス・キリストは、きのうも、きょうも、いつまでも変ることがない”(へブル人への手紙第13章8節)。

神は彼の命をながくされ、キリストは、十字架につけられ、死から身体ごとよみがえられた過去におられたように、今日でも生き、そして実在されます。 弟子達は彼らの初期の奉仕で、人々に“彼は生きておられる! 彼は生きておられる! 彼は生きておられる”と告げる事無く説教する事は出来なかったのです。 例を挙げれば、聖霊降臨際の日に、ペテロは“声を上げて”(使徒行伝第2章14節)このように言いました、

“このイエスを、神はよみがえらせた。そして、わたしたちは皆その証人なのである。それで、イエスは神の右に上げられ、父から約束の聖霊を受けて、それをわたしたちに注がれたのである。このことは、あなたがたが現に見聞きしているとおりである” (使徒行伝第2章32-33節)。

復活されたキリストが、天の神の右の座におられます、

“彼は、いつも生きていて彼らのためにとりなしておられる”
      (へブル人への手紙第7章25節)。

誰かが、あなたの回心の為に祈っています。 あなた方の多くは、毎日のようにあなたの救いの為に祈っているクリスチャンの両親をもっています。 しかし今朝ここに、頭をたらし、“私が救われるように祈っている誰かがいるだろうか?”と疑問に思う、何人かの哀れな若者達がいます。  もちろん、います! かつてお生まれになった最も偉大な祈りの方が、あなたの為に祈っておられます。 その方の名前はナザレのイエスです。 その方は、天国であなたの救いを祈る為に絶えず生きておられます! イエスはあなたの為に祈られています! そして、直ぐにもその方の祈りは聞かれるでしょう。 そのうちにあなたは罪を悟らされ、あなたの彼への必要性を知り、そして彼の待ち受けられる腕の中へと急ぐでしょう。 なぜなら、彼が、こう言われるからです、

“彼は、いつも生きていて[私達の]ためにとりなしておられる”
      (へブル人への手紙第7章25節)。

あなたの魂の救いのために祈られている方は、エルサレムの通りを歩かれた方、そして、あなたの罪のために十字架で死なれた方とまったく同じイエスなのです。 その同じイエスが、あなたが回心するまであなたの為に続けて祈られているのです。 数週間前、私達の教会の一人の少女が死に際を彷徨ったときに祈った私達の祈りが聞かれたように、彼のあなたのための祈りは、幸せな結果をもたらすことを私は信じます。 彼が彼女を身体の死からよみがえらせたように、彼は“先には自分の罪過と罪とによって死んでいた”(エペソ人への手紙第2章1節)あなたを、死からよみがえらせるでしょう。 なぜなら、

“彼は、いつも生きていて[私達の]ためにとりなしておられる”
      (へブル人への手紙第7章25節)。

彼は、

“イエス・キリストは、きのうも、きょうも・・・”
      (へブル人への手紙第13章8節)。

彼は今日、以前の彼と同じです。 そして、彼のあなたへの祈りはすぐに聞かれると信じています。 彼の祈りの結果、あなたが、あなたを愛するキリストに来、そして救われるとき、私達は何と幸せでしょうか! しかし、私達のテキストにはもう一つ考えなければならない事がありますので、次の要点へ移りましょう。

III. 最後に、キリストは永遠に同じである。

起立して、私達のテキストであるへブル人への手紙第13章8節を読んでください。その節を、声をあげ読んでください。

“イエス・キリストは、きのうも、きょうも、いつまでも変ることがない”(へブル人への手紙第13章8節)。

着席してください。

私は、ビリー・グラハムは“決断主義者”の救いについて間違っていると思いますが、彼の以下の声明には、こころから同意します。 彼は言いました、

聖書は、あすキリストは王の王そして主の主となられる、と教えている。 神の刻まれる時では、キリストがこの世に戻られるのは、すぐのことである。 聖書は、キリストが戻られる事を明白に宣言している・・・。 神は世を忘れられてはいない。 くすぶる文明の燃えさしから、神は、整え、そしてキリストが王となられる王国をつくられる・・・。 そうして、キリストはこの地上を治めるために、ご自身の適所を末永くとられる(Billy Graham, D.D., “The King is Born,” Decision Magazine, December 2007, p. 5).

その日が来るとき、イエスは天から戻られて、彼の着物に記された“王の王、主の主”(ヨハネの黙示録第19章16節)という名を冠せられます。 その日は何というすばらしい日となるでしょう、

“この世の国は、われらの主とそのキリストとの国となった。主は世々限りなく支配なさるであろう” (ヨハネの黙示録第11章15節)。

そうして、私達のテキストの完全な意味は、全ての人々が次の節を理解するために明白になるでしょう、

“イエス・キリストは、きのうも、きょうも、いつまでも変ることがない”(へブル人への手紙第13章8節)。

そして、グリフィスさんが少し前に歌ったように、

彼は再び来られる;彼は再び来られる、
人に拒絶された、正に同じイエス;
彼は再び来られる;彼は再び来られる、
力と偉大な栄光を携えて、彼は再び来られる。
   (“He Is Coming Again” by Mabel Johnston Camp, 1871-1937).

“イエス・キリストは、きのうも、きょうも、いつまでも変ることがない”(へブル人への手紙第13章8節)。

そして、もう一言。 変わらないキリストは、今朝あなたを救う用意があります。 彼に来なさい。 彼に信頼を寄せなさい、そして、彼は、神の記録からあなたが犯した、あるいは犯すであろうすべての罪を消されるでしょう! そうして、彼はあなたの魂を永久に救われるでしょう。 あなたがイエスにすぐに来ますように! 主の名において、アーメン。

(説教終了)
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クレイトン L. チャン医師による説教前の朗読:ヨハネによる福音書第1章1-4, 14節。
ベンジャミン キンケイド グリフィス氏による説教前の独唱:
“He Is Coming Again” (by Mabel Johnston Camp, 1871-1937).

要 綱

不変なるキリスト―クリスマスの説教

R. L. ハイマース, Jr. 神学博士 著

“イエス・キリストは、きのうも、きょうも、いつまでも変ることがない”(へブル人への手紙第13章8節)。

(マタイによる福音書第24章6-12節

I.   最初に、キリストは過去も同じであった。
ヨハネの黙示録第13章8節;テモテへの第二の手紙
第1章9節;エペソ人への手紙第3章9節;
コロサイ人への手紙第1章16-17節;ヨハネによる福音書
第1章1-3節;ガラテヤ人への手紙第4章4節;
ルカによる福音書第22章44節;コリント人への第一の手紙
第15章3, 4節;ルカによる福音書第24章39, 51節。

II.  次に、キリストは今日も同じである。
イザヤ書第53章10節;使徒行伝第2章14, 32-33節;
へブル人への手紙第7章25節;エペソ人への手紙第2章1節。

III. 最後に、キリストは永遠に同じである。
ヨハネの黙示録第19章16節;第11章15節。