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大洪水の伝説

(創世記からの説教、その十八)
R. L. ハイマース、Jr. 神学博士 著

TRADITIONS OF THE FLOOD
(SERMON #18 ON THE BOOK OF GENESIS)
by Dr. R. L. Hymers, Jr.

ロスアンゼルスのバプテストタバナクル教会にて
2007年8月26日、主の日の朝の説教

A sermon preached on Lord’s Day Morning, August 26, 2007
at the Baptist Tabernacle of Los Angeles

“人の子の現れるのも、ちょうどノアの時のようであろう。 すなわち、洪水の出る前、ノアが箱舟にはいる日まで、人々は食い、飲み、めとり、とつぎなどしていた。 そして洪水が襲ってきて、いっさいのものをさらって行くまで、彼らは気がつかなかった。 人の子の現れるのも、そのようであろう”
(マタイによる福音書第24章37-39節)。

今日の多くの新福音主義者達は大洪水を軽視しています。 彼らは、楽しそうな動物や鳥などを乗せた、きれいな箱舟の鮮明な絵を描いた子供達の絵本を出版しています。 このような本を日曜学校などで読んでいる子供達は、大洪水をヘンゼルとグレーテルアラビアの千一夜物語ガリヴァー旅行記ハリーポターなどのような作り話のように考えて育っています。 私は、ノアの箱舟についての思慮のない童話の本などは、真摯なクリスチャンに対して人々に偏見を持たせている近代の特徴の一つだと思います。 このような分別のない“ディズニーっぽい”本などまったく無いほうがいいのです!

大洪水やノアの箱舟の実話は、非常に重大でとても深刻なものなのです。 大洪水による裁きに至らしめるその道徳的な瓦解は、私達が奥深く話すにはあまりにも浅ましい事なのです。 大洪水自体に付随した想像する事も出来ない悲惨さは、小さい子供達の思いの前にはっきりとした実体で表されるべきではありません。 大洪水の実話は、成熟した人達によってのみに正しく判断し理解されるような大人の題材です。 聖書は、幼い子供が完全に理解するにははるかに深刻すぎる多くの事を語っています。 箱舟と大洪水などはそれらの主題の一つです。

そうです、私は、文字どうりの箱舟の存在を信じます。 人類のあらゆる民族に、大洪水に関しての実話があるようです。 私達は、これらの昔話しは、古代のノアの時代から彼自身より伝承されて来たものであると信じます。 ジョン・ウォーウィック・モンゴメリー博士(Dr. John Warwick Montgomery)はこのように述べています。

全人類のほとんどの破滅は・・・恐怖におびえるような荘厳さの成り行きのゆえに、彼らの子孫へと受け継がれているように思え、彼らの今日に至る遠い子孫達は未だにその事を忘れていない。 それは最も遠くの国々、そして多くの部族の間でも・・・出現している(John Warwick Montgomery, Ph.D., The Quest for Noah’s Ark, Bethany House, 1974, p. 25) 。

ヘイリーズ・バイブル・ハンドブック(Halley’s Bible Handbook)の中で、ヘンリー・ヘイリー博士(Dr. Henry H. Halley)は、ほとんど全ての古代の文明はそれらの太古からある伝説の中に大洪水の記憶が残されている事を述べています。 それらの中には、

バビロニア人、アッシリア人、エジプト人、ペルシァ人、ヒンズー人、ギリシャ人、中国人、フリギア人、フィージー島民、エスキモー、土着のアメリカ人、ブラジル人、ペルー人、インド人、そして正に全人類のあらゆる民族、セム族、アーリア族、ウラルアルタイ族には、一家族を除いてすべての人間を[水でもって]破壊した大洪水の伝説がある。 そして、これらの種族が枝分かれする以前に、すべてこれらの種族の子孫に永久に消えることのない影響を与えた(Henry H. Halley, Halley’s Bible Handbook, Regency, 1989 reprint, pp. 75-76) 。

デハーン博士(Dr. M. R. DeHaan)は これら古代の大洪水の伝説のいくつかを容易な一覧にして挙げています。

      エジプトの大洪水の伝説は、随分昔に、何人かの羊飼い達が高い山に登って逃れたという大洪水でもって、神々が地上を清めたと語っている。
      東方インドの伝説は、偉大な教師マヌーは、一匹の魚に洪水がやって来ると警告され、安全の為に大きな船を造るように命じられた。 それから、マヌーは船から太い綱を魚の頭の角へ結びつけ、インドの山へと引っ張られた。 その綱は一つの木に結び付けられたと物語っている。
      中国の伝説は、大洪水をこのようにあらわしている。“そして今、天の柱はこわれ、地はその基盤を揺さぶり、太陽と星は消え、地が壊れ、そしてその内の水が地を飲み込み、溢れ出た。 全てこれらの邪悪は、天に対して反抗し、宇宙の最高の支配者を見下してきた人間から現れ出た”のである。
      ギリシャ人達は、 ゼウスの神が怒り、そしてこの地上を滅ぼすと脅したと[語った]。 予言的な先見で優れたプロメチウスは、彼の息子のデウカリオンに来るべき洪水の警告を与えた。 デウカリオンはそうして、ゆくゆくはテッサリアに座礁した箱舟を建築した。 そこで彼と彼の妻プュラ(唯一の生存者達)は地上に再び居住した・・・。
      イギリスには、人の邪悪ゆえに最上なる権力者が、海洋の波をイギリスの島のまわりに引き上げ、洪水を送ったという古代のドルイドの伝説がある。 しかし、ある長老が選ばれた同行人と共に、一つの頑丈な船の中に避難をし、洪水から生き残り、そして地上に再び住み着いた。
      アメリカのインデアンの間では、洪水の伝説はあらゆる部族で見られる。 北、中央、そして南アメリカの120の部族の中で、3人から8人が救われ、高い山に放られたという、大いなる洪水についての伝説を持たない部族はまったく存在しない・・・。
      紀元前4世紀にまでさかのぼるバビロニアの伝説は、大洪水がかつて地上を覆ったと語っている。 アーダツ王はクロノス神によって警告を受け、必要な全ての食料を伴って、王や何人かの友人達そして多くの動物が、その洪水の難から守る為に、3000フィートの長さで、1200フィートの幅をもつ大船を造るように命じられた。  この伝説はまた、放たれた鳥は、再び彼のもとへと戻ってきたが、三度目には戻って来なかった事をも語っている。 その船はアルメニアの山脈に辿り着いた。 しかし、彼らはバビロニアに戻るよう命じられた。 そして、箱舟の遺物は(伝説では)コーシレニアン山脈に未だに存在している。 バビロニアの伝説は、聖書の描写を、曲解し不完全な描写にしたと思わせる記述、例えばその大きさ、船床、部屋、そして、階など非常に詳細な記述を盛り込んでいる(M. R. DeHaan, M.D., The Days of Noah, Zondervan, 1963, pp. 152-154) 。

これらの伝説は、聖書の記述が真実である事を“証明”しているのではありません。 聖書の記述の正確さを高める外的な証明は必要としません。 私達は、創世記は神聖なる霊感によって書かれた神の言葉であると信じます。 ではあるけれども、これらの伝説は大洪水が古代の歴史にも深く根づかせられている事を表しています。

では今朝、私は箱舟-ノアの箱舟について考えてほしいと思います。 それは船ではありません。 それは箱舟です。 “箱舟”と訳されているへブライ語は“テバー(tebah)です。 それは櫃(ひつ)または箱という意味です。  それは真っ黒な樹脂で塗られていました。 その箱舟は黒く塗られた巨大な箱以外の何物でもありません。 それは航海の為に造られたのではなく、嵐の中で単に漂うだけのものでした。 箱舟は典型(タイプ)またはイラストなのです。 私達はノアの箱舟を検討する事によって多くの偉大な聖書の真実を学ぶ事ができます。

I. 最初に、この箱舟は救われる事について語っています。

ペテロの第一の手紙第3章20節を開いて下さい。 この節の後の半分に注意を払って下さい。

“むかしノアの箱舟が造られていた間[箱舟が建築されている間]、神が寛容をもって待っておられた・・・水を経て救われたのは、わずかに八名だけであった” (ペテロの第一の手紙第3章20節)。

私達はこの節から二つの偉大な真実を学びます。

(1)  “神が寛容をもって待っておられた” この世に裁きが来る前に、ノアがその箱舟を造るのを神は辛抱して待っておられた。 神は、人の“年は百二十年であろう”(創世記第6章3節)と言われた。 それは、ノアがその箱舟を建てるのに120年かかったという事である 。 その期間、ノアはこの不信仰な世界に向かって説教した(ペテロの第二の手紙第2章5節参照)。 おそらく何千人もの人達はこの偉大な箱舟が建てられるのを見に来た事であろう。  ノアはやってくる洪水について、そして救いの必要性を彼らに説教した。 彼自身の家族のほかは誰一人として彼の説教に注意を払わなかったが、神は裁きを送る前、辛抱しておられた。 イエスは、“人の子の現れるのも、ちょうどノアの時のようであろう”(マタイによる福音書第24章37節)と言われた。 ノアの時代にそうであったように、今日、多くの人々は同じように救いのメッセージに対して無関心なのである

(2)  “水を経て救われたのは、わずかに八名だけであった”  ほんの数少の人々が救われた。イエスは我々にマタイによる福音書第24章37節で、この世の終わりはノアの時のようであろうと語られた。 ほんの数少の人々がその当時救われ、現在もほんの数少の人々が真に救われている。 救われるとはどういう事であろうか? 多くのうち、それは裁きから救われると言う事である。 後の日には、この世は水によって裁かれる事は無いにしても、この世は裁かれ、そしてノアの時代に少数の者達のみが救われたように、その裁きから少数の者達のみが救われるであろう。 神が私達の世界を裁かれる時、あなたが、確かに救われる者達の一人となるようにしなさい。


そうです、箱舟は救いについて語っています。 箱舟の中にいた人達は救われました。 箱舟の外にいた人達は滅びました。 ペテロの第二の手紙第2章5節を開いて下さい。

“また、古い世界をそのままにしておかないで、その不信仰な世界に洪水をきたらせ、ただ義の宣伝者ノアたち八人の者だけを保護された” (ペテロの第二の手紙第2章5節)。

ノアの箱舟はイエス・キリストそのものです。 人々が救われるには一つの道しかありません。 彼らは箱舟に入らなければならなかったのです。 イエスは、“だれでもわたしによらないでは、父のみもとに行くことはできない”(ヨハネによる福音書第14章6節)と言われました。 今日でも、救われるには一つの道しかありません―それは神の御子イエス・キリストを通してです。

疑いも無くノアの時代の人々は、救われるには多くの道があると思っていたが、彼らは間違っていました。 救われる道は一つだけしかありませんでした。 それはノアの箱舟に入る事でした。 これが救いの為にキリストに来るということです。

創世記の第6章16節を開いて下さい。

“箱舟に屋根を造り、上へ一キュビトにそれを仕上げ、また箱舟の戸口をその横に設けて・・・” (創世記第6章16節)。

神は、“箱舟の戸口をその横に設けて”と言われました。 箱舟には一つしか戸口はありませんでした。

“そこで、イエスはまた言われた、「よくよくあなたがたに言っておく。 わたしは・・・門である」” (ヨハネによる福音書第10章7節)。

イエス・キリストは救いの門(扉)です。 イエスはこう言われました。

“わたしは門である。 わたしをとおってはいる者は救われ”
      (ヨハネによる福音書第10章9節).

あなた方が救われたいならば、救いへの唯一の門(扉)はイエス・キリストです。 あなたは彼を通して救いへと入らなければなりません。 箱舟には一つしか戸口はありませんでした。 彼らはその戸口を通ってこなければなりませんでした、さもなくば、裁きによって滅びていました。 そして、あなた方は、神の御子であるイエスに入って来なければなりません、さもなくば、滅びるでしょう。 そのように、ノアの箱舟は、イエスを通しての救いを語っています。

II.  二番目に、ノアの箱舟は敬虔なる恐れを語っています。

へブル人への手紙第11章7節で、私達はこのように読み取れます。

“信仰によって、ノアはまだ見ていない事がらについて御告げを受け、恐れかしこみつつ、その家族を救うために箱舟を造り・・・”
       (ヘブル人への手紙第11章7節).

わかりやすい言葉で言えば、ノアは箱舟を造る時、恐れかしこんでいました。 そしてこの畏敬の念が、ノアをその箱舟を慎重に建設するようしむけました。  彼は間違いを犯す事を、そして救われない事を、そして彼の家族が救われない事を恐れました。 罪に対する罰、そして救いの必要性は、夜に彼の思いを重く打ちひしがせました。 毎朝、彼は起きて再び“恐れかしこみつつ”、箱舟を造る為に出て行きました。 彼が建てているその偉大な箱舟を眺めるたびに、その箱舟、近づいている裁き、彼の家族を救う為の責任、彼のなした説教-それら全てが恐れと共に彼の思いを満たしました。

さて、聖書を通して敬虔なる恐れに関してのメッセージがあります。

1.  アダムに関しては、

“園の中であなたの歩まれる音を聞き、わたしは裸だったので、恐れて” (創世記第3章10節).

2.  アブラハムに関しては、

“日の入るころ、アブラムが深い眠りにおそわれた時、大きな恐ろしい暗やみが彼に臨んだ”(創世記第15章12節)。

3.  サラに関しては、

サラは恐れたので、これを打ち消して言った”
      (創世記第18章15節)。

4.  モーセに関しては、

“また言われた、「わたしは、あなたの先祖の神、アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である」。 モーセは神を見ることを恐れたので顔を隠した” (出エジプト記第3章6節)。

5.  ダビデに関しては、

“その日ダビデは主を恐れて言った”
      (サムエル記下第6章9節)。

6.  コルネリオに関して、

“彼は御使いを見つめていたが、恐ろしくなって、「主よ、なんでございますか」と言った”(使徒行伝第10章4節)。

7.  パウロに関して、

“このようにわたしたちは、主の恐るべきことを知っているので、人々に説き勧める”(コリント人への第二の手紙第5章11節)。

これらの全部の聖句は、KJV(キング・ジェイムズ・バージョン)ほど強い言い回しではなNASV(ニュー・アメリカン・スタンダード・バージョン)によって訳されています。 へブル人への手紙第11章7節のような節が、近代の翻訳者に翻訳されると、彼らは訳文を“うすめ”、そして彼らは可能な限りそれらを弱くするように思えます! しかし、アダムは恐れたと聖書に書かれています。 聖書は、アブラハムに“大きな恐ろしい暗やみ”が臨んだと書いています。 サラ、モーセ、ダビデ、そしてコルネリオは、彼らが神の存在を感じる時、恐れました。 そしてパウロは、“主の恐るべきこと”について語っています。

これが、彼らが真の回心の本質を理解していない 原因であるのかも知れません。 ジョン・ニュートンの有名な賛美歌“おどろくばかりの(Amazing Grace)” の中で、彼はこう書いています、

めぐみはわがみのおそれを消し、
まかするこころをおこさせたり。
   (“Amazing Grace” by John Newton, 1725-1807).

裁きへの恐れ、そして神への恐れのない人は決してキリスト―私達の救いの箱舟―に来ることはありません。 ノアの時代の人々は箱舟に入りませんでした、なぜなら彼らは恐れが無かったからです。 ノアは箱舟に入りました、なぜなら彼は恐れがあったからです。 聖書は明白に語っています、

“ノアはまだ見ていない事がらについて御告げを受け、恐れかしこみつつ、その家族を救うために箱舟を造り”
       (ヘブル人への手紙第11章7節)。

あなた方はやって来ようとしている裁きを恐れますか? 神を恐れますか? 箱舟は、敬虔なる恐れについて語っています。

III. 三番目に、ノアの箱舟は近づいている裁きについて語っています。

ペテロの第二の手紙第3章3節で、私達はこのように読み取れます。

“まず次のことを知るべきである。 終りの時にあざける者たちが、あざけりながら出てきて、自分の欲情のままに生活し、「主の来臨の約束はどうなったのか。 先祖たちが眠りについてから、すべてのものは天地創造の初めからそのままであって、変っていない」と言うであろう。 すなわち、彼らはこのことを認めようとしない。 古い昔に天が存在し、地は神の言によって、水がもとになり、また、水によって成ったのであるが、その時の世界は、御言により水でおおわれて滅んでしまった” (ペテロの第二の手紙第3章3-6節)。

この聖句は、私達の時代の不信仰の世は、ノアの時代に、この世が洪水で氾濫した時に起こった大災害について “認めようとしない”と私達に語っています。 “その時の世界は、御言により水でおおわれて滅んでしまった”(ペテロの第二の手紙第3章6節)のです。

バーノン・マックギー博士(Dr. J. Vernon McGee)は、“大いなる地穀の激動が起こり、創造の始まりからあったような全ての事柄は継続していないことを物語る多くの証拠がある”と言っています。(J. Vernon McGee, Thru the Bible, Thomas Nelson, 1983, volume V, p. 747).

そして、この聖句は7節で続けてこのように私達に語っています。

“しかし、今の天と地とは、同じ御言によって保存され、不信仰な人々がさばかれ、滅ぼさるべき日に火で焼かれる時まで、そのまま保たれているのである” (ぺテロの第二の手紙第3章7節)。

ノアの時代に水によってこの世が破壊されたように、後には、神の裁きによってこの世は破壊されるでしょう。

多くの若者達は、イスラム教のテロリストが原子兵器でもってアメリカを攻撃する為に準備をしている事を非常に恐れています。 私達のいくつかの都市が原子核融合反応爆弾による炎で破壊されるまで、私達にはあまり時間が無いかもしれません。 多くの人々は、火の放った世界を憂う恐れで震えているます。

私達がそれが起こる可能性を憂うのと同じように、私達は、聖書がペテロの第二の手紙第3章で預言している、後日の神の裁きの炎に関してそれ以上に危惧すべきです。

ノアの時代の人々は、彼らに裁きは来ないかのように人生を送っていたのです。 イエスはこう語っています、

“人の子の現れるのも、ちょうどノアの時のようであろう。 すなわち、洪水の出る前、ノアが箱舟にはいる日まで、人々は食い、飲み、めとり、とつぎなどしていた。 そして洪水が襲ってきて、いっさいのものをさらって行くまで、彼らは気がつかなかった。 人の子の現れるのも、そのようであろう” (マタイによる福音書第24章37-39節)。

今日、真のクリスチャンでないあなたの家族と友人は、裁きなど来ないかのように生活を送っています。 しかし、私達の都市は、恐るべき裁きから、たった一つの地震を隔てたところにあるのです! 私達の世界は、生き地獄から、たった一つの恐ろしい原子爆弾を隔てたところにあるのです! 文明は、聖書で語られている恐るべき裁きから、たった一、二歩の隔てたところにあるのです。

私は、預言者アモスが言った、“あなたの神に会う備えをせよ”(アモス書第4章12節)と言います。 もし、あなたは安全な箱舟の中に、イエス・キリストの腕の中にいないのであれば、あなたは、今の問題のある世界が臨む裁きに対して、備えをしていないのです!

キリストはあなたの罪の購いのために十字架で死なれました。 彼は御血を流されたので、あなたの罪は清められるのです。 彼は、第三の天に上がられました、そこでは、彼は“いと高き所にいます大能者[神]の右に、座につかれた”(へブル人への手紙第1章3節;第8章1節)のです。 キリストに来なさい! 安全な箱舟に入りなさい。 キリストに来なさい、そして、これから臨む恐るべき、大能者であられる神の怒りの裁きから救われなさい! キリストは、“とこしえのいわ”なのです。 オーガスタス・トプラディーは書いています、

かくせやわれを とこしへのいわ
   おんわきばらに
わくみず と 血に
   きよめよ
われのけがれ と つみを
   (“Rock of Ages” by Augustus M. Toplady, 1740-1778).

その古い賛美歌の歌詞があなたをキリストへと導き、キリストにおいて完全なる救いを得るように。

(説教終了)
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クレイトン L. チャン医師による説教前の聖書の朗読: 創世記第6章13-18節。
ベンジャミン キンケイド グリフィス氏による説教前の独唱:
“Rock of Ages” (by Augustus M. Toplady, 1740-1778).

要 綱

大洪水の伝説

(創世記からの説教、その十八)

R. L. ハイマース, Jr. 神学博士 著

“人の子の現れるのも、ちょうどノアの時のようであろう。 すなわち、洪水の出る前、ノアが箱舟にはいる日まで、人々は食い、飲み、めとり、とつぎなどしていた。 そして洪水が襲ってきて、いっさいのものをさらって行くまで、彼らは気がつかなかった。 人の子の現れるのも、そのようであろう”
(マタイによる福音書第24章37-39節)。

I.   最初に、この箱舟は救われる事について語っています。
ペテロの第二の手紙第3章20節;創世記第6章3節;
ペテロの第二の手紙第2章5節;マタイによる福音書
第24章37節;ヨハネによる福音書第14章6節;
創世記第6章16節;ヨハネによる福音書第10章7, 9節。

II.  二番目に、ノアの箱舟は敬虔なる恐れを語っています。
へブル人への手紙第11章7節;創世記第3章10節;
創世記第15章12節;創世記第18章15節;
出エジプト記第3章6節;サムエル記下第6章9節;
使徒行伝第10章4節;コリント人への第二の手紙 第5章11節。

III. 三番目に、ノアの箱舟は近づいている裁きについて語ってい
ます。ペテロの第二の手紙第3章3-7節;アモス書第4章12節;
へブル人への手紙第1章3節;へブル人への手紙第8章1節。