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キリストが創世記を立証する
(創世記からの説教、その九)
R. L. ハイマース, Jr. 神学博士 著

CHRIST AUTHENTICATES THE BOOK OF GENESIS
(SERMON #9 ON THE BOOK OF GENESIS)
by Dr. R. L. Hymers, Jr.

ロスアンゼルスのバプテストタバナクル教会にて
2007年8月4日、土曜日の晩での説教

A sermon preached on Saturday Evening, August 4, 2007
at the Baptist Tabernacle of Los Angeles

“モーセやすべての預言者からはじめて、聖書全体にわたり、ご自身についてしるしてある事どもを、説きあかされた”(ルカによる福音書第24章27節)。


ヘンリー・モリス博士(Dr. Henry M. Morris)は「最も偉大な聖書の教師-事実、聖書の著者-が、聖書の真実を教えたのは、初めてであった、と言う事は重要である。 創世記は聖書の基盤となる書であり、我々が聖書全体を理解しようとするならば、創世記の神の啓示を理解し信じる事はきわめて大事である」(Henry M. Morris, Ph.D., The Defender’s Study Bible, World Publishers, 1995, note on Luke 24:27ルカによる福音書第24章27節の注解) 。

主イエス・キリストが創世記の真正性を宣言されている幾つかの箇所に注目して見ましょう。 マタイによる福音書第19章4-6節を開いて下さい。イエスはこのように述べられました、

 

“あなたがたはまだ読んだことことがないのか。 「創造者は初めから人を男と女とに造られ、そして言われた、それゆえに、人は父母を離れ、その妻と結ばれ、ふたりの者は一体となるべきである」。 彼らはもはや、ふたりではなく一体である。 だから、神が合わせられたものを、人は離してはならない”(マタイによる福音書第19章4-6節)。

ここでイエスは、“男と女とに造られ”とある 創世記第1章27節に言及され、創世記第2章24節を引用されました、

“それゆえに、人は父母を離れ、その妻と結ばれ、ふたりの者は一体となるべきである” (マタイによる福音書第19章4-6節)。

では、 ルカによる福音書第11章50節を開いて下さい。 主イエス・キリストはここで、“アベルの血から”と述べています。 これは創世記第4章10節に直に言及されたのす、

“あなたの弟の血の声が土の中からわたしに叫んでいます”
      (創世記第4章10節)。

創世記の第4章にあるアベルの血に関してのこの引用は 、主イエス・キリストが歴史上の事実として、創世記を完全に容認されている事を示しています。

では、ルカによる福音書第17章26-32節を開いてください。

“そして、ノアの時にあったように、人の子の時にも同様なことが起るであろう。 ノアが箱舟にはいる日まで、人々は食い、飲み、めとり、とつぎなどしていたが、そこへ洪水が襲ってきて、彼らをことごとく滅ぼした。 ロトの時にも同じようなことが起った。 人々は食い、飲み、買い、売り、植え、建てなどしていたが、ロトがソドムから出て行った日に、天から火と硫黄とが降ってきて、彼らをことごとく滅ぼした。 人の子が現れる日も、ちょうどそれと同様であろう。 その日には、屋上にいる者は、自分の持ち物が家の中にあっても、取りにおりるな。 畑にいる者も同じように、あとへもどるな。 ロトの妻のことを思い出しなさい”(ルカによる福音書第17章26-32節)。

これらの節は、イエスは、創世記の第6章から第7章にかけて記録されているノアの大洪水の歴史的な正確さを信じておられた事を示しています。 キリストは、この世の状態が、この最後にどのようになるであろうかを示す為に、創世記の大洪水の歴史を用いられたのです。 ルカによる福音書第17章のこの同じ章で、キリストは創世記の第19章に記録されているソドムのロトと彼の妻の話の歴史的な正確さを信じている事を示されています。 キリストは“ロトの妻の事を思い出しなさい”(ルカによる福音書第17章32節)と言われています。 それは、正に創世記第19章26節からの引用です。

“しかしロトの妻はうしろを顧みたので塩の柱になった”
      (創世記第19章26節)。

ヨハネによる福音書第7章22節を開いてください。 そこでは、主イエス・キリストはこう言われました、

“モーセはあなたがたに割礼を命じたので”
      (ヨハネによる福音書第7章22節)。

創世記第17章9-11節に戻ってください。

“神はまたアブラハムに言われた、「あなたと後の子孫とは共に代々わたしの契約を守らなければならない。 あなたがたのうち男子はみな割礼をうけなければならない。 これはわたしとあなたがた及び後の子孫との間のわたしの契約であって、あなたがたの守るべきものである。 あなたがたは前の皮に割礼を受けなければならない。 それがわたしとあなたがたとの間の契約のしるしとなるであろう”
      (創世記第17章9-11節)。

ですから、イエスが、“モーセはあなたがたに割礼を命じられたので”と言われた時、彼は創世記の第17章のこの節をそのまま引用されました。 キリストが“モーセはあなたがたに割礼を命じられたので”と言われた際に、彼はモーセを創世記の著述者と帰せられている事にも注目してください。 それゆえに、主イエス・キリストは、モーセが創世記の著者であると私達に告げられたのです。

イエスはまたモーセについて、ヨハネによる福音書第7章19節で、彼が“律法”と呼んでいる、聖書のはじめの五つの巻の著者として話されています。  キリストは“モーセはあなたがたに律法を与えたではないか・・・”と言われました。 その“律法”は、(モーセの)五書(The Pentateuch)を表しています。 イエスは、ルカによる福音書第16章16節で“律法と預言者とは・・・”について語られました。 律法とは、初めの、創世記、出エジプト記、レビ記、民数紀、申命記の聖書の初めの五巻を指しています。 ですから、イエスが“モーセはあなたがたに律法を与えたではないか”と言われた際、彼は、モーセが、創世記で始まる聖書の最初の五巻の、人間の著者であることを確言しているのです。 金持ちとラザロについてのイエスの話の中での、この旧約聖書の部分に注目してください。 黄泉にいる金持は、ラザロを死からつかわして金持ちの失われている兄弟達に証言するようにと願いました。 そこで、イエスはアブラハムの返答をその金持にされました。 ルカによる福音書第16章29-31節を開いて下さい。 立ってこの句節を声を上げて読んでください。

“アブラハムは言った、『彼らにはモーセと預言者とがある。 それに聞くがよかろう』。 金持が言った、『いえいえ、父アブラハムよ、もし死人の中からだれかが兄弟たちのところへ行ってくれましたら、彼らは悔い改めるでしょう』。 アブラハムは言った、『もし彼らがモーセと預言者とに耳を傾けないなら、死人の中からよみがえってくる者があっても、彼らはその勧めを聞き入れはしないであろう 』」” (ルカによる福音書第16章29-31節)

着席してください。 イエスは、アブラハムが『彼らにはモーセと預言者とがある。 それに聞くがよかろう』・・・『もし彼らがモーセと預言者とに耳を傾けないなら、死人の中からよみがえってくる者があっても、彼らはその勧めを聞き入れはしないであろう 』(ルカによる福音書第16章29, 31節)と言った事を、私達に語られています。 ここでイエスは、預言者達の書物と共に、創世記を含めた、最初の五つの巻のモーセの律法の著述を確言されました。

ですから、私達は、主イエス・キリストは、創世記の歴史的な信頼性を証明されたと言う事がわかります―そして、キリストは、モーセは創世記の人間の著者であったと教えました。 キリストが死からよみがえられた時、彼は使徒にこのように話されました、

“モーセやすべての預言者からはじめて、聖書全体にわたり、ご自身についてしるしてある事どもを、説きあかされた”
      (ルカによる福音書第24章27節)。

さて、あなた方は“何を書くかを、モーセはどのように知ったのか?”と尋ねるでしょう。 納得のいく質問です。 それに対する最も簡単な答は、ペテロの第二の手紙第1章20-21節を挙げることです。 立ってこれらの二つの節を読んで下さい。

“聖書の預言はすべて、自分勝手に解釈すべきでないことを、まず第一に知るべきである。なぜなら、預言は決して人間の意志から出たものではなく、人々が聖霊に感じ、神によって語ったものだからである”(ペテロの第二の手紙第1章20-21節)。

着席して下さい。 創世記を書いた時のモーセを含めて、旧約聖書を書いた人々が、“聖霊に感じ、神によって語ったものだからである”。 彼らの思いは、神聖なる言葉を書く為に、聖霊によって動かされたのです。 もう一つの重要な節は、テモテへの第二の手紙第3章16節です。その節を開いてください。

“聖書は、すべて神の霊感を受けて書かれたものであって、人を教え、戒め、正しくし、義に導くのに有益である”
      (テモテへの第二の手紙第3章16節)。

バーノン・マックギー博士(Dr. J. Vernon McGee)はこのように言っています、

神が、“聖書はすべて“と言われた時、神は、創世記から黙示録までのすべてを指して言われたのです・・・。 霊感と言う言葉は“神に息を注がれた”という意味です。 これらの人々[聖書の著述家達]を通して、神は彼の言葉を与えられたのです。 神が、今日の私達に言われる事はもう何もありません (J. Vernon McGee, Th.D., Thru the Bible, Thomas Nelson Publishers, 1983, volume V, page 473; note on II Timothy 3:16)。

デハン博士(Dr. M. R. DeHaan)は、“その証拠は非常に圧倒的であり、霊的に照らされた思いについては、確実性、権威、そして、モーセによる五つの巻[創世記、出エジプト記、レビ記、民数記、申命記]の歴史に基づいた事などに関して、まったく何の疑問もないと言いました。  これに関して、創世記は特に真実である (M. R. DeHaan, M.D., Portraits of Christ in Genesis, Zondervan Publishing House, 1966, Introduction) 。

ですから、主イエス・キリストご自身が承認の印を押され、神が、モーセにこの聖なる巻をお与えになったと認識されたからには、大いなる謙遜と信仰を持って創世記を学ぼうではありませんか。

“モーセやすべての預言者からはじめて、聖書全体にわたり、ご自身についてしるしてある事どもを、説きあかされた”
      (ルカによる福音書第24章27節)。

(説教終了)
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