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異教徒的化した感謝祭

ロバート ハイマース 神学博士 著

A PAGANIZED THANKSGIVING
by Dr. Robert Hymers

ロスアンゼルスのバプテストタバナクル教会にて
2005年11月20日、主の日の朝の礼拝で説かれた説教

A sermon preached on Lord’s Day Morning, November 20, 2005
at the Baptist Tabernacle of Los Angeles

『感謝もせず』(ローマ人への手紙第1章21節)


11月の最後の木曜日が近づくと、全てのアメリカ人は感謝祭のことを考えています。 そして、ほとんどの説教者たちもこの課題に関して、どのように説教をしようかと考えていることと思います。 彼らの多くは、清教徒や最初のアメリカでの感謝祭について少しは語るでしょう。 また中には、偉大なリンカーン大統領が1863年にこの日を国民の祝日にした、という史実でもってみなさんの注意を引くことでしょう。 そして、この機会に多くの説教者たちは、自分の教会の会衆に対し、感謝の心を忘れない、という道徳的側面を引き合いにだすかもしれません。

ですが、私は今朝感謝祭の主題について考えてみると、あまり前向きになって良いことは言えません。 逆に、感謝祭の暗く否定的な側面を話さなければ、と感じています。 次のテキストがこの説教の主題です。

『感謝もせず』(ローマ人への手紙第1章21節)

この節は、ほとんどの現在のアメリカ人のこの国民の祝日の過ごし方を要約しているように思えます。 これは暗い真実ですが、一般的なアメリカ人は感謝のこころを持つ国民ではありません。 このことは、毎年この時期に私たちの国にはびこっている、はなはだしい物質主義、暴飲暴食、そして不信心さに反映されています-古代の人々がそうであったように、私たちの国民についても言えるのです。

『感謝もせず』(ローマ人への手紙第1章21節)

Ⅰ 最初に、古代の人たちは感謝をしませんでした。

『感謝もせず』(ローマ人への手紙第1章21節)

この節は古代の世界を説明しています。

『なぜなら、彼らは神を知っていながら、神としてあがめず、感謝もせず、かえってその思いはむなしくなり、その無知な心は暗くなったからである。』(ローマ人への手紙第1 章21節)

神学者のジェイ・バーノン・マギー博士 (Dr. J. Vernon McGee) は、このように言われました。 

『もちろんこれは、穴居人のような大変原始的な環境にいた人から始り、知的に発展し、そして人が神に目覚め始めた、宗教のすべての詩文選に矛盾するが、これはまったくの誤りです。 人は神から遠ざかり、今はおそらく歴史上もっとも神から遠ざかった世界でしょう。 事実、すべての原始的民族は、先祖が神を知っていた時から始まる伝統をもっています。 彼らは神の知識はもっていましたが、彼らは神から遠ざかっていました・・・『感謝もせず』。 「神への」恩しらずは、最悪な罪の一つです。(J. Vernon McGee, Th.D., Thru the Bible, Thomas Nelson, 1983, volume IV, p. 653)。

『なぜなら、彼らは神を知っていながら、神としてあがめず、感謝もせず、かえってその思いはむなしくなり、その無知な心は暗くなったからである。』(ローマ人への手紙第1 章21節)

マギー博士は続けて言われました。

『彼らは異教徒的暗闇へと導かれていきました。 エジプトのカイロやトルコのイスタンブールの街角を歩くと、この生きた証拠に出くわすでしょう。 実際、ロスアンゼルス市の通りを歩くだけでも、人のおろかな心は暗黒のうちにあることに気づくのです。』(同書)

古代では、かって一般に神を信じ、崇拝していました。 しかし、古典的聖書の解約者であるマチュー・ヘンリー氏が指摘しているように、彼らは

一人残らず偶像崇拝へと陥った。 野蛮人は太陽と月を崇め、エジプト人は牛や、たまねぎを崇拝した。 そして、知恵で秀でた[ギリシャ人]は、病気や人間の熱情を崇めた。 すべてに勝ったローマ人は復讐の女神達を拝み、あわれなアメリカ[インディアン]は雷を崇拝した。 また、独創的な中国人は悪魔を[拝んだ]。 したがって、この世は、自分の知恵によって神を認めるに至らなかった。(コリント人への第一の手紙第1章21節)

初期の歴史の世界の国々は、私たちのテキストに表現されています。

『なぜなら、彼らは神を知っていながら、神としてあがめず、感謝もせず、かえってその思いはむなしくなり、その無知な心は暗くなったからである。』(ローマ人への手紙第1 章21節)

『感謝もせず』(ローマ人への手紙第1章21節)

歴史上の異教の国々は神へ感謝をせず、偶像礼拝へと陥っていきました。 そして、最終的には彼らをも創造された神を忘れさせ、偶像を拝ませるようになりました。

『朽ちる人間や鳥や獣や這うものの像に似せたのである。』(ローマ人への手紙第1章23節)

博物館へ行ってみなさい。 古代の偶像が陳列されているのを見るでしょう。 これらの偶像は私たちのテキストの物言わぬ証拠です。 これらの偶像を作った人たちは、先祖の人たちが知っていた神を拒絶するために作ったのです。  

『感謝もせず』(ローマ人への手紙第1章21節)

自分達を創造された神に感謝もせず、です。 よって私たちのテキストは、宗教の発展ではなく、宗教の退廃であり、より高度な霊的知識への人の向上ではなく、迷信や偶像崇拝、そして霊的暗黒への人の下落であることを、完璧に物語っています。

Ⅱ 次に、この世の終わりには人々は感謝をしません。

『感謝もせず』(ローマ人への手紙第1章21節)

新約聖書の中の最も偉大な予言の言葉の一つで、使徒パウロはこの世の『終りの時』の宗教について語っています。 私は彼が書いたことは私たちが生きる今の時代の予言を完璧に語っていると確信しています。 それは美しい光景ではありません。 それは私たちの国を、そして過去に存在した異教徒的国々のように、宗教的混乱と霊的な無分別の中に陥いている私たちの世界を描いています。 テモテへの第二の手紙第3章1-2節を開いてください。 起立をして声を上げてこれらの2節を読みましょう。 

『しかし、このことは知っておかねばならない。 終わりの時には、苦難の時代が来る。 その時、人々は自分を愛する者、金を愛する者、大言壮語する物、高慢な者、神をそしる者、親に逆らう者、恩を知らぬ者、神聖を汚す者、』(テモテへの第二の手紙第3章1-2節)

第5節へ下ってください。

『信心深い様子をしながらその実を捨てる者となるであろう。』(テモテへの第二の手紙第3章5節)

着席してください。

ちょうど古代の時代がそうであったように、この予言は私たちに、この世の終わりの世界は成熟しきった偶像礼拝の感謝をしない状態に戻るであろう、と語っています。 テモテへの第二の手紙第3章2節の終りの方にある一言に注目してください。 その言葉は『恩をしらぬ』です。 ヘンリー・エム・モーリス博士 (Dr. Henry M. Morris) は

『古代の無信心者は、人類の歴史の中で計り知れないほどの悲劇の結末をもって背教に走った。 進化論と妥協し、革新的汎神論、男女同権主義、ならびに神秘主義とますますもてあそぶ現代の福音主義者は、あの同じつかみ所のない坂道を下り始める非常に危険な状況にさらされている(テモテへの第二の手紙第3章1-13節を比較対照)。』(Henry M. Morris, Ph.D., The Defender’s Study Bible, World Publishing, 1995, note on Romans 1:22, “became fools”)。

テモテへの第二の手紙第3章2節の注解でモーリス博士は、この章節(テモテへの第二の手紙第3章1-13節)は、

『現代の発展的人道主義の重要さと特性を特に描写しているように思える。 さらにこれらの特徴はローマ人への手紙第1章29-31節で概説されているように、まるで古代の汎神論的偶像崇拝の複写のように思える。 しかし、パウロがテモテに送った手紙の中で載せている特徴は、偶像崇拝の世界というよりも公言された教会の枠組みの中で進展している、ということを除いて。  言葉を言い換えれば、この世の終わりには、世俗の世界と宗教の世界との間に微妙な違いが生じるであろう。 特に、世俗の心理学者たちに強く助長され、全ての心理的そして社会的問題の答えとして、現代の福音主義の教会で使われているカウンセリングの方法の中にますます顕著にみられる、利己主義の礼賛に注目しなさい。』(同書、note on II Timothy 3:2, “Lovers of their own selves”)

『感謝もせず』(ローマ人への手紙第1章21節)

『恩を知らぬ』(テモテへの第二の手紙第3章2節)

古代の無信心者たちは神に対してとても恩しらずであったがために偶像崇拝的人道主義にまっさかさまに陥入りました。 モーリス博士は、現代の福音主義クリスチャンは『あの同じつかみ所のない坂道を下り始める非常に危険な状況』にある、と指摘しています。 古代の世界を聖書はこう言っています。

『感謝もせず』(ローマ人への手紙第1章21節)

現代の世界を聖書はこう言っています。

『恩を知らぬ』(テモテへの第二の手紙第3章2節)

アメリカでは、それがために、感謝祭の日がクリスチャンの祝日から無信心者たちの祝日に広く変わってきたのだ、と私は思います。 感謝祭の日は、私たちが共に集い神の祝福に感謝す日としてではなく、教会に行かず、神を忘れ、単に飲み食いをし、フットボールをテレビでみる日、すなわち『七面鳥の日』となってしまいました。 アメリカよ恥を知れ! 清教徒である先祖達の美しい感謝祭を神のいない無信心者たちのドンちゃん騒ぎにしてしまったことを恥ずかしく思います。 その日は『七面鳥の日』ではありません。 その日は『感謝の日』であるべきなのです。

『感謝もせず』(ローマ人への手紙第1章21節)

『恩を知らぬ』(テモテへの第二の手紙第3章2節) 今日のこの国の大多数の人がそうであるように、神をしらず恩をしらない生き方に従わないよう聖書によって警告されなければなりません。 古代の人たちは恩をしらない人たちでした。 この世の終わりの人たちは恩をしらない人たちです。 そのことを聖書は明白に言っています。 アメリカは急激に、大洪水前のノアの時代に世界が神を認めなかったと同じように神を認めない状況にになっています。

Ⅲ 最後に、本当のクリスチャンは神に感謝の念をささげます。

コリント人への第一の手紙第15章56-57節を開いてください。 起立をして声を上げてこれらの2節を読みましょう。

『死のとげは罪である。 罪の力は律法である。 しかし感謝すべきことには、神はわたしたちの主イエス・キリストによって、わたしたちに勝利を賜わったのである。』(コリント人への第一の手紙第15章56-57節)

着席してください。

『死のとげは罪である』。 死とは全ての人をとげで刺す恐ろしい竜のようです。 私たちの誰もが自分達でこの恐るべきとげから逃れらことのできる人間の術はありません。 それは罪のとげです。 罪は死をこの世に持ち込みました。 死をもっとも恐ろしいものにしたのは罪です。 あなた方にとって死を怖いものにするであろうものは許されていない罪です。 あなた方が死んだ後黄泉で目が覚めることがどんなに残酷なものか!

『罪の力は律法である』

説教者たちのプリンスと呼ばれるスパージョン氏は、

『汝は罪を破壊できる前に、なんらかの方法で神の律法を満たさなければなりません。 罪は汝の涙あるいは行いでは取り除けません。 なぜなら律法は力であるからです。 そして、汝が律法の復讐を満たすまでは、とげは取り除けられません。 なぜなら罪の強い力は律法だからです (C. H. Spurgeon, “Thoughts on the Last Battle,” The New Park Street Pulpit, Pilgrim Publications, 1981 reprint, volume I, p.177)。

あなた方は、罪はいかなる力ももたないと思うかもしれませんが、それは間違っています。 あなた方には罪があります。 どんなに神の律法に従ったからと言って、その罪あるいはそこから出る死のとげを取り除くことはできないのです。 あなた方は罪から自由になろうとあがけばあがくほど神の律法はあなた方をとがめるでしょう-そしてあなた方は罪の誘惑にかかるのです。

しかし、神はあなた方に罪そして死を打倒する勝利を賜わっているのですが、この勝利を得るには一つの道しかありません。

『しかし感謝すべきことには、神はわたしたちの主イエス・キリストによって、わたしたちに勝利を賜わったのである。』(コリント人への第一の手紙第15章57節)

イエス・キリストへの信仰以外に、罪の罰から逃れえる道は他にありません。 信仰により彼のみもとに来る人たちにキリストが与えてくださる罪への勝利を、神に感謝しなさい。

イエス様は汝の罪の罰のあがないのために十字架で亡くなられました。 イエス様は罪と死に対して勝利をもってよみがえられました。 彼は汝の魂の救いの仲裁をするためご自分の尊い血と一緒に天国へ上られました。 キリストを仰ぎ見なさい!

『上にある者を求めなさい。 そこではキリストが神の右に座しておられるのである。』(コロサイ人への手紙第3章1節)

他の人たちが神をみとめない『七面鳥の日』を思うとき、汝の心をキリストにおきなさい! 彼のみもとに来なさい。 彼を信じ仰ぎ見なさい。 彼によって救われなさい。

『あなたがたは上にあるものを思うべきであって、地上のものに心を引かれてはならない。』(コロサイ人への手紙第3章2節)

そうして、あなた方は使徒パウロとともにこのように言えることでしょう。

『しかし感謝すべきことには、神はわたしたちの主イエス・キリストによって、わたしたちに勝利を賜わったのである。』(コリント人への第一の手紙第15章57節)

そのために、私はあなた方に感謝祭の晩餐に今夜教会に戻って来なさいと説得しているのです。 まだ受付の時間はあります。 今夜6時にCome home教会に来なさい。 そして感謝をもって、キリストが信仰でもって彼のみもとに来た罪人に与えてくださった勝利を祝いなさい。 どうして孤独でいるのですか? Come home-教会に来なさい。 どうして救われないでいるのですか? Come home-神の御子であるイエス・キリストに来なさい。

(説教終了)
ハイマース博士の説教は毎週インターネットでご覧になれます。
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クレイトン L チャン医師 (Dr. Kreighton L. Chan) による説教前の聖書朗読:
                                                                       ローマ人への手紙第1章18-23節
ベンジャミン キンケイド グリフィス氏 (Mr. Benjamin Kincaid Griffith) による説教前の独唱:

“I’d Rather Have Jesus”(作詞by Rhea F. Miller, 1922;
                   作曲by George Beverly Shea, 1909-)

要 綱

異教徒的化した感謝祭

ロバート ハイマース 神学博士 著


『感謝もせず』(ローマ人への手紙第1章21節)

I.   最初に、古代の人たちは感謝をしませんでした。
ローマ人への手紙第1章21節、23節

II.  次に、この世の終わりには人々は感謝をしません。
テモテへの第二の手紙第3章1-2節、5節

III. 最後に、本当のクリスチャンは神に感謝の念をささげます。
コリント人への第一の手紙第15章56-57節;
コロサイ人への手紙第3章1-2節