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生きているキリスト教のための戦い!

R. L. ハイマーズ, JR. 神学博士の紹介

ジョン・サムエル・ケイガン氏 著

THE FIGHT FOR LIVING CHRISTIANITY!
AN INTRODUCTION OF DR. R. L. HYMERS, JR.
(Japanese)

by Mr. John Samuel Cagan

危機の時代に、自己以上に偉大なものを信じる人々によって、歴史は作られました。 一般の人々によって、歴史は作られていません。 ある人は、月並みの安全と安定を望んでいます。 失敗を恐れ、何ら試みることをしない人もいます。 全く何も成し遂げない人もいます、なぜなら、彼はさほどの根気、もしくは犠牲を望まないからです。 何一つ変えない人、この世に何も影響を及ぼさない人もいます。 そして、いなかったも同然のように死んで行く人もいます。 このような人達で世の中が満ちた時、神はハイマーズ先生を引き立てられました。

牧師を目指すほとんどの人達は、あらゆる面で援助されています。 しかしハイマーズ先生は、昼間は働き、夜は学校に通い、大学の授業料を自分で払い、家族や友人からしばしば教会の奉仕のゆえに落胆させられたにもかかわらず、牧師になる夢を目標とし、その困難がどんなにも大きかろうが、それから離れる事はありませんでした。 先生は、悪魔の攻撃や感情的な苦痛にもかかわらず、神の説教者になるための闘いに耐えました。 ハイマーズ先生は、神の真理を伝えるという目的を持って、あらゆる試練と苦難を耐え抜きました。 なぜなら、ハイマーズ先生が人生のあらゆる苦しみに耐えたゆえに、先生は真実に対して燃えたたされたからです。

ハイマーズ先生は、神の御言葉の真実を固く信じ、それに対して戦おうとされます。 先生は、自分に偽り、妥協し、満足するような方ではありません。 これが先生の生涯を通しての実情です。 ハイマーズ先生は、聖書を拒否する神学校で、聖書が中傷されている間、リラックスし、それを見て見ぬふりをするような方ではありませんでした。 大学への入学や卒業の危険を覚悟で、聖書の非難についてリベラル主義と戦われました。 先生はクラスを閉鎖させ、校内新聞に記事を載せました。 寮の先生の部屋で祈祷会を行いました。 先生はあらゆる機転を利かし、聖書の真実を責め立てる偽りに対して戦いました。 聖書への弁護に対する彼の抗議を止めさせようと、神学校の校長室へも呼び出されました。 ハイマーズ先生は譲歩しませんでした。 先生は神学校でのリベラル主義に抗議した本を出版しました。 先生は、聖書に対する戦いに断固として、また強固に立ち上がったのです。

ある人達は彼を非難し、他の人達は苦情を申し立て、また、ある人達は諦めました。 しかし、ハイマーズ先生は実行力のある方です。 真実と神への確信は強固で、死を覚悟してでも、自分の刀を抜き、悪の戦いに突進されます。 ハイマーズ先生は、束縛の犠牲を払ってまでも、この世を慕ってはいません。 他の人達が奴隷になる事を犠牲にしてまで、和平を購入する時、先生は戦うのです。

ハリウッドが、キリストの御顔に唾を吐きかけた時、ハイマーズ先生は、ご自分の救い主の御顔を拭うかのよう、心動かされました。 それに対して、先生は非難されました。 新聞に先生を非難する記事が載せられた時にも、ハイマーズ先生はキリストを弁護し続けました! そのために先生は多くの友人を失いました。 正義を貫く義務は、ハイマーズ先生を容赦なく行動に移し、抗議し、戦わせました。

社会全体が、女性の「中絶の権利」を認めようとしていた時、ハイマーズ先生は戦うことなくして、一人の子供さえも殺害されることを拒みました。 一般的な人達は共感し、チャリティーを支援するでしょう。 しかしハイマーズ先生は、一般的な人ではありません。 先生と私の父は、中絶クリニックの門前でストライキに参加しました。 他の人達が、警棒を持ちバッジをつけ、馬に乗った警官からの脅威で去って行った時、ハイマーズ先生は彼の信念に固執し続けました。 先生は、子供の命と女性の権利の間の境界線を理解していたので、揺るがされることはありませんでした。 先生は二か所の中絶クリニックを閉鎖させようと全力を尽くして、私達の教会を導きました。 先生は中絶を抗議する戦いに断固たる態度を取りました。

そして次に、私達の教会の為の戦いがありました。 私達の教会の 「前指導者」が去って行きました。 その結果、400人のメンバーが私達の教会を去りました。 私達の教会はこの建物を失いかけました。 教会は財政的にほぼ破産状態でした。 ある一人の有名な説教師は、ハイマーズ先生に、郊外の大きな教会の牧師になるよう逃げ道を提案してくれました。 彼はハイマーズ先生に、沈没船とも思えるこの教会から飛び降りる機会を与えてくれたのです。 その説教者は、「これはあなたの最後のチャンスです」と、先生に諭しました。 多くの牧師は逃れたでしょう。 会員達は去って行き、教会は財政的に危機状態でした―しかし、ハイマーズ先生は留まりました! ハイマーズ先生は、このローカルの教会の為に戦う意欲がありました。 先生の勇敢さ、そして自らの時間と金銭を捧げた忠実な、先生を慕う教会員達によって、私達は今でもロスアンゼルス市の中心街にこの教会を維持しています! 先生は留まり、そして西洋文明を守る為の争いで、ヒトラーと直面したウィンストン・チャーチルのような決意と勇気で、不可能なチャレンジに立ち向かいました。

ハイマーズ先生は、ローカル教会の持つ役割の重要性を確信しています。 先生はしばしば、この教会の成功は先生の全生涯であると言われました。 先生はこの教会だけでなく、世界中の教会を真から愛しています。 教会の力が先生の情熱です。 先生の独自性は、教会の命と関連しています。 先生は、運動のスーパースター選手、政治上の絶対的権力者や征服者のように、キリストと教会に対してひたむきな心を持っています。 先生は、教会はキリストの花嫁であることを知っています、ですから、先生は教会の為に祈り、戦い、そして説教し続けているのです。

何人かのある人達は、先生を非難し、また、先生に疑惑を持ったけれども、神に忠実な多くのプロテスタント指導者達は、ハイマーズ先生を敬服し、支持しています。 その中の一人に、全国的に有名な伝道者で、雑誌『ビブリカル・エバンジェリスト』の長年の編集者であった、ロバート・L・サムナー神学博士がいます。 サムナー博士は、二十世紀に於ける先駆的なクリスチャン達に囲まれていたゆえ、神の真実の人について理解がありました。 サムナー博士はハイマーズ先生についてこのように書きました、

「ハイマーズ博士は故意に、また意図的に、福音の説教の為、伝道主義的な、聖書を教える教会をロスアンゼルスの中心街に設立した。その事だけでも、郊外へ立ち去って行く他の福音主義派達に加わらなかったことに、私は彼を称賛する。…あらゆる不利が彼に対抗しようとも、自分の強い信念に準じる真実の為に立ち上がり、それらに固持しようとする人を、私は高く評価し尊敬する。ロバート・レスリー・ハイマーズ氏は、そのようなキリストの僕である!アメリカの最も邪悪な都市の一つの中心街で、ローカルの教会の奉仕の他に、地域レベルにおいても、彼の説教は「ライブ」で、「スペイン語と中国語」に通訳され、彼は国際的な奉仕活動を維持している。

サムナー博士は、ハイマーズ先生の人生と奉仕を特徴づける、何十年間にも及ぶ伝道者としての立派な力の帰依を表彰しました!

ハイマーズ先生は、ビジョンのある方です。 先生は全ての望が落胆に終わるような困難な時にも、神は素晴らしい事を果たされると信じます。 先生は、説教の原稿や他の資料を世界中の牧師達に提供できるウェブサイトを構想されました。 この種の試みはかつて成されたことは無く、また、聞かれたこともありません。 しかし世界中の国々に一石を投じるという一念を通して、先生はこの偉大な任務を促進させる為、説教への取り組み方を変えました。

ハイマーズ先生は、先生の奉仕の大部分を、概要をもって説教のために費やしました。 且つ、先生は、先生の説教を、聖書や説教のための資料が行き届かない他の国々のクリスチャンに入手される事を望みました。 ですから先生は、説教を書き始め、その原稿から説教するという方法に変えられました。 多くの説教者達は、彼らの長年の説教の準備法を変えないでしょう、しかし、ハイマーズ先生は、ビジョンのある方です。 数年後には、彼の説教の原稿は世界中のほぼ全ての国・地域で読まれ、先生のウェブサイトに2016年だけでも、150万人以上の人達が訪れました。

常にあらゆるバックグランドを持つ人々に関心を持つ牧師であるゆえ、ハイマーズ先生は、先生の説教を他の言語に翻訳するという独特な奉仕を始めました。 最初は、説教の原稿は少数の言語に翻訳されました。 しかしハイマーズ先生は、言葉の障壁にもかかわらず、全世界に到達するというビジョンを継続しました。

今日、ハイマーズ先生の説教原稿は35ヶ国語に翻訳されています! これらの説教は、後進国の宣教師や牧師達にとって祝福であり、また役に立つ物なのです。 それらは、イエスを必要とすることについて、魂を覚醒し、悟らす為の恵みの手段として用いられています。 そして、何人かの人達はそれらの説教を読み、回心しました。 説教を35カ国語に翻訳させることは、ビジョンと献身を要しました。 しかしそれは、世界に力強いキリスト教の影響を与える為に、神によって用いられたのです。

戦いの強い弱いに関わらず、ハイマーズ先生は、神の為に競技場で戦う人になろうと努めました。 他の多くの説教者達が、キリストの福音を説教する事を怠った時も、先生はそれを説教されました。 他の説教者達が、精魂と熱のこもった昔ながらの説教方法を放棄した時も、先生はそれを続けました。 先生は、イエス・キリストへの信仰を通して、神の恵みと力による真実の回心を信じています。 そして先生は、妥協して耳を傾ける人を容易に地獄の危険にさらされません。

祈りが単に形式的にされる時、ハイマーズ先生は、祈りを通しての神の力を信じます。 他の説教者達が、他の教会から会員を盗み取り、更に多くの献金への望みを追い求めている間、ハイマーズ先生は、俗世間の若者達への伝道を信じ、行っています。 他の説教者達がますます集会を閉鎖している間、ハイマーズ先生は、教会の重要性と活力に確信を抱いています。 多くの説教者達が、長年、活力を失ったクリスチャンを食い物にし満足している間、ハイマーズ先生は、生きているキリスト教を信じ、戦われます。

ハイマーズ先生が来て説教して下さる前に、グリフィス氏が、ハイマーズ先生の好まれる賛美歌『見よや十字架の』を歌って下さいます。

日曜日の晩の集会のための戦い

(バトル・クライ、シリーズその一)

R. L. ハイマーズ Jr. 神学博士 著

ロスアンゼルスのバプテストタバナクル教会にて
2017年1月15日、主の日の朝の説教

THE BATTLE FOR SUNDAY NIGHT
(NUMBER ONE IN A SERIES OF BATTLE CRIES)
(Japanese)

by Dr. R. L. Hymers, Jr.

A sermon preached at the Baptist Tabernacle of Los Angeles
Lord's Day Morning, January 15, 2017

“愛する人々。私はあなたがたに、私たちがともに受けている救いについて手紙を書こうとして、あらゆる努力をしていましたが、聖徒にひとたび伝えられた信仰のために戦うよう、あなたがたに勧める手紙を書く必要が生じました”(ユダの手紙3節、新改訳)。

今朝私達は、バトル・クライのシリーズを始めます。 そのシリーズの中で私達は、「信仰の為に戦う」でしょう。 アメリカの教会に於ける多くの誤った教えや慣行に対して、私達は非難するでしょう。

1963年、ジョン・F・ケネディー大統領は、チャーチルをアメリカ合衆国の初めての名誉市民にしました。 大統領はその大戦の英雄について、「彼は、英語の言語を動員して、それを戦闘に送り込んだ」と言いました。 第二次世界大戦中のチャーチルの偉大な演説の一つで彼は、「かつて恐ろしく、また圧倒的な衝動に対して、全ての人々の心を揺るがし、生活と家庭から彼らを引き離し、快適、富、そして幸福の追求を捨てさせる大義が天下に見られる時、自分達は動物ではなく、好む好まざるとを問わず、何かが時と空間に、そして時と空間を超越して起こっていることを知り、それに対する義務を唱える」と言いました。

私達は多くの戦いを体験しました。 私達は、神学校で説教者を目指す学生達に教えていた、とてつもない誤った教えを、私達の自費で、アメリカの全てのバプテスト教会に配送・郵送しました。 私の若いスペイン系の妻は、この文献をペンシルバニア州のピッツバーグ市で行われていた南部バプテスト協議会で配った時、彼女は妊娠六ヶ月でした。 彼女は身ごもった小柄な女性である事は明らかでしたが、何人かの大の男が、その文献をもみくちゃにし、妻の顔に唾を吐きかけました。 私達が宿泊先の部屋に戻った時、妻は私に、私が答えるのに苦しむ質問をして来ました。 彼女は、「ロバート、これらの人達が真実のクリスチャンであるはずがないでしょう?」と聞いてきました。 彼らの多くは南部バプテストというよりは、地獄からの悪魔のように思えました。 彼らは激怒しました、なぜなら、イエスの身体はよみがえらなかった―イエスの死体は、野生の犬に食いちぎられた、モーセのような人はいなかった、使徒パウロの手紙は偽造であり、彼によって書かれたものではないと言った、彼らの神学校の教授達の引用分を彼女が配っていたからです。 しかし最終的に私達は、それらの悪魔に捕り付かれた教授達が、アメリカの南部バプテスト神学校から解雇されるまで、私達の教会の自費でその文献を送り、そして配り続けました。 神の助けによって、私達はその戦いで勝利を得ました。

中絶ホロコーストで、子供達の殺害を止めさせる為に、他のある奉仕団体が(彼らの懐へ入る)寄付金を募集していた時―彼らが彼らの懐に入るよう集めていた間、私達の教会の人達を送り、実際に二つの中絶クリニックを閉鎖させました。 ある時に、ケイガン先生と私は、それらのクリニックの門前の歩道に座り込みました―そして、警察官が馬に乗って私達を包囲し、手錠をはめ、留置場に連れて行くぞ、というように私達を脅しました。 しかし、彼らは私達が移動しようとしないのを見て、馬に乗って去って行きました。 そこでも神の助けによって、私達はその戦いで勝利しました。

アメリカのユニバーサル映画会社の責任者、ルー・ワッサーマン(Lew Wasserman) が、マリア・マグダレンとセックスをしているキリストを描いたわいせつな映画を制作した時、私達はビバリーヒルズのワッサーマンの家の門前で抗議しました。 私達の抗議は、イギリス、スペイン、イスラエル、フランスの世界各地の新聞で一面ニュースとして報道され、更にギリシャでは、その映画に対して騒動を起こさせました! 私達のさまざまな抗議行動は、毎晩、二週間以上にわたり、全てのテレビニュース番組で報道されました。 アメリカ・ユニバーサル映画会社は、私達のデモを恐れるようになり、再びキリストを中傷するような映画を製作していません。 再び、神の助けによって、私達はその戦いに勝利しました!

ピーター・ラックマン(Peter S. Ruckman)という男性が、キング・ジェイムズ版・聖書の言葉には、間違いがなく、ギリシャ語とヘブライ語をも修正したとして、数百という教会がラックマンの異端によって分裂しました。 私は 『Ruckmanism Exposed(ラクマニズム・暴露)』という本を書きました。 その本は広く他の教会に行き届きました。 これは主に、その本のゆえに、現在ほぼ興味を失せた問題となりました。 この本は、ウェブサイトwww.sermonsfortheworld.comで読むことができます。 そうです、神の助けにより、ラックマン主義の邪悪な教義との戦いで、私達は再び勝利をしたのです!

その後、リチャード・オリーバスという男性が私達の教会を去り、教会から400人を連れ出しました。 この教会の建物の支払いが終わるまで、私は教会員達を奮起させ、献金と寄付金の他に毎月16,000ドルを支払いながら、オリーバスの、私達の教会を破滅させる計画を止めました。 そして再び、神の助けによって、私達はその戦いで勝利しました!

しかし、今日私達は、より以上に危険な戦に陥っています―最終的に、ほとんどのアメリカの教会を破壊へと落し込める狡猾な戦いです。 そして、それに対して警告するのは、キリストの僕としての義務です。 それはアメリカの教会を損なわせ破壊しています。 それは、ラオデケア主義の誤った教義です。 アメリカの教会は、日曜日の晩の集会を閉ざすべきであるという考えです。 この誤った危険な教義に対して、私達は「戦うよう」(ユダ3)教えられています。 私達はある限りの力を尽くし、それに対して戦います。

マタイによる福音書第25章5節で、イエスは、私達の教会の状態を完璧に表しています。 何百万人もの福音主義派と根本主義者は、うとうとして眠っています。 キリストの再臨は近づいています、しかし、アメリカの教会は眠っています! 私達は現在、教会が次々と日曜日の晩の集会を閉ざしているのを目の当たりにします。 私は、これが最後の日の兆候の一つであると確信しています―時代が終わりに近づくにつれ、うとうとしている教会は、彼らのドアを閉ざしています。 イエスはこのように言われました、

“花婿が来るのが遅れたので、みな、うとうとして眠り始めた”(マタイ25:5)。

たとえ預言が私達に反しているように思えても、私達は戦うでしょう―そして、ある人達は耳を傾け、救われるでしょう。

日曜日の晩の集会を閉ざす事は、バプテストやあらゆるタイプの教派の真新しい傾向です。 南部バプテスト主義派と独立系バプテスト主義派、「進歩主義」のBBFI教会、さらにはボブ・ジョーンズ・根本主義派の教会さえも、日曜日の朝の集会の後で教会を閉鎖します―アメリカの端から端まで。 日曜日の晩の集会というものは、急速に過去のものになっています。

これは、アメリカの教会の慢性的な病気を提示しています。 それは、確かに肯定的な兆候ではありません。 慢性的な病気の場合と同様、病気が適切に診断されるまで、治療は医師によって処方されません。 この説教では、医者のように、患者(晩の集会を閉鎖する教会)を調べ、その理由を診断し、治療法―薬と治療法を提案します。 これらの教会の病気は、四つの方法で診断することが出来ます。

I. 最初に、アメリカの教会で日曜日の晩の集会を閉鎖する事はごく最近で、これは一般的なプロテスタント主義の傾向の中に起こった。

メソジスト派は1910年ごろ日曜日の晩の集会を閉鎖し始めました。 長老主義派は、1925年辺りに、日曜日の晩の集会を閉鎖しました。 (以前、北部バプテスト主義派として知られていた)アメリカン・バプテスト主義派は、1945年ころに晩の集会を閉鎖し始めました。 南部バプテスト主義派は、1985年ころに閉鎖し始めました。 この傾向が、それらの宗派の「進歩主義的」説教者の間で始まった時、メソジスト、長老派、およびアメリカのバプテストは、根本主義派同様に聖書を信じていた事を思い出されなければなりません。

今日の、メソジスト、長老、アメリカのバプテストを見てください! 彼らの教会会員数は毎年縮小しています。 これらの三つの宗派の全てが1900年以来数十万の会員を失いました。 数千もの教会が完全に閉鎖されました。 日曜日の晩の礼拝集会を閉鎖した事は、何の役にも立ちませんでした。 それは破壊への危険な道へ、ほんの一歩でした。

しかし、今日、多くの独立系バプテスト主義派は、メソジスト、長老、アメリカのバプテストを破滅させたのと同じ道を辿ると、彼らが新しい進歩的思考の「最先端」にいると考えています。 カリフォルニア州サンディエゴ近郊のジム・バイズ(Jim Baize)の独立系バプテスト主義派の説教者は、「私は急進的な歩みをとった! 私は日曜日の晩の礼拝集会を閉会しました!」。 彼はこれが彼の教会に役立つだろうと思っていますが、私はそれが彼の教会にをもたらすだけのものと思います。 私は、そのような説教者を売国奴と呼びます―キリストへの裏切り者! これらの男性が為している事は、私が先に語った、“主流派”の教会で為されたようなものです。 南部バプテスト主義派は現在、毎年二十万人を失なっています。 その理由の一つが、多くのそれらの教会が日曜日の晩の集会を閉鎖している事です。

ウィンストン・チャーチルはかつて、「歴史から学びなさい! 歴史から学びなさい!」と言いました。 彼は、「昔にさかのぼって見るほど、あなたはもっと先を見ることができる」と言いました。 ですから、プロテスタント主義派やバプテスト主義派などの「主流派」の教会が、過去に、日曜日の晩の礼拝集会を断念した時に、何が起こったのかを知ることは重要です。 これがどのようにしてそれらの崩壊、そして最終的に死をもたらしたかを知る事は重要です。

今日、伝統的な「主流派」の教会は、過去のものの小さな残骸にすぎません。 まず彼らは祈祷会を断念しました。 そして、彼らは日曜日の晩の礼拝集会を断念しました。 今、彼らは聖霊を断念しています! これは、バプテスト主義派と今日も同じ道をたとる教会などの間で、避けられない結果となるでしょう。

II. 二番目に、日曜日の晩の集会を閉鎖する事は、「決断主義」の成り行きの一つである。

私達の本『Today’s Apostasy(今日の背教)』で指摘したように、チャールズ・フィニーは、十九世紀半ばの偉大なプロテスタントとバプテストの教会で、「決断主義」を普及させました。 フィニーの「決断主義」は、人間の魂に於ける神の働きによる回心を、表面的な「キリストへの決断」をする事で、人は救われるというアイディアに置き換えられました。 単なる祈り、もしくは身体的な反応は、昔ながらの根本的な聖書が教える回心を変えました。 その結果、プロテスタントとバプテストの教会は、数百万人の救われていない人達で、会員名簿はすばやく満たされました。 回心していない人達は、主の日の日曜日に二回教会に出席する事を望まないので、フィニーの方針が採択されて数十年後に、これらの教会から日曜日の晩の礼拝集会は消えてしまいました。 回心していない人は、日曜日の晩の集会には出席しません! この正確な繰り返しが、今、「保守的な」アメリカ全土の教会で起こっているのです。

私が若かったころ出席したバプテスト主義派のどの教会にも、日曜日の晩の集会に皆は出席していませんでした。 私達はさほど献身的ではない、もしくは真に回心していない人達は出席しない事はわかっていました。 しかし、私達は出席しました。 私の青年の頃の日曜日の晩の集会は、常にベストな集会でした。 歌もよく歌いました。 説教もより強固でした。 それは、失われた教会員が他の人達の足を引っ張る事がなかったからです。 これは過去六十年間を振り返って私が考える事です。

私達のこの教会では、全ての人達が日曜日の晩に戻って来ます。 そうするように教えられているからだと思います。 しかしまた、彼らが会員になる前に、一人一人が真に回心した事を確かめる、私達の慎重な配慮によるものでもあると思います。 私は、日曜日の晩の集会に出席しない失われた人が、早急に洗礼を授かるよりも、むしろその人が真に回心するまで、洗礼を待たせる事を、私は望みます!

「決断主義」は、アメリカの教会名簿を失われた救われていない人達で満たしました―そして、今私達はその代償を払っているのです。 彼らは救われていないので、日曜日の晩の集会には来たがりません! それは、南部バプテスト主義派が、過去二年間で約50万人の会員を失った理由の一つです!

III. 三番目に、日曜日の晩の集会を閉鎖する事は、予期せぬ結果をもたらす。

私がここで述べる事の他にも、多くの否定的な結果がある事は確かです。 しかし、これらが考えられる事の幾つかです。

1.  日曜日の晩の集会を閉鎖する教会は、教会員に、彼らを迷わすような他の教会を訪れる機会を与える。最近、日曜日の晩の集会を閉鎖したある説教者は、「それは、他の教会へ行くように私を開放する」と述べ、日曜日の晩に他の説教者を聞けることは素晴らしいと彼は思いました。しかし、私は、「自分の教会の会員達はどうなのでしょうか?同じ意見を彼らは持たないのでしょうか?それらの人達はどうなるのでしょうか?思い出して下さい、最善のクリスチャンは日曜日の晩の集会に出席し続けたいと思っています。しかし、彼らはどこに行くでしょうか?彼らはカリスマ主義の教会に行くでしょうか?すぐ近くの新福音主義の聖書の教師から、「巧妙な」メッセージで彼らは迷わされないでしょうか?私は、彼らの何人かはそうなると思います、そうして、私達が日曜日の晩の集会を閉鎖してしまえば、私達は何人かの最善のクリスチャンを教会から失くしてしまうでしょう。

2.  日曜日の晩の集会を閉鎖する教会は、一週間の内の最もすばらしい伝道的な集会の機会をなくしてしまうでしょう。ある説教者が私に、日曜日の晩の集会を閉鎖した教会について語りました。彼らは午前の礼拝集会の後で、参加した人々にサンドイッチを与え、その後で礼拝堂へ戻り再び集会を行いました。そうすれば彼らは、午後二時までに彼らの家に戻れるのです。「彼らは学べるだけ聖書を学べる」とその説教者は私に話しました。しかし 日曜日の晩の集会の目的は、単に「聖書を学ばせる」だけでしょうか?いいえ、それではありません! 何年もの間、良い教会は日曜日の晩の集会を伝道的な集会としました。過去、それがバプテスト主義の教会の強みの一つであったと私は信じます。人々は、失われた親戚、友人、知人を連れて来て、日曜の晩に福音を聞くよう奨励されました。それは、クリスチャンが、夕方の奉仕のために、失われた人を「寄せ集める」ようにしました。あなたは朝の奉仕の後に人々に食事を与えることができ、さらに聖書研究が続けられますが、それは日曜の晩にバプテスト教会を建て上げるのに役立つ伝道を破壊します! 私の友人である牧師は、彼の教会の最も立派なクリスチャンの男性が、ある日曜日の晩に、彼が未だ失われていた時、日曜日の晩の集会に「立ち寄った事」が始まりとして、入って来たという話をしました。日曜日の晩の集会を閉鎖することによって、このような伝道の機会を失すれば、彼のような人を多くあなたは失うでしょうか?

3.  日曜の晩の集会を閉鎖する教会は、若者達に出会い、彼らを弟子とする絶好の機会を失います。若者達は夜半に外出したいのです。忘れないでください、日曜日の晩の集会を閉鎖する事は、家に戻り、テレビを見て、早く寝床に入る高齢者のみを引き付けます。日曜日の晩の集会に出席したくない人達は、しばしば家庭を持つ人や高齢者達です。しかし若者達はどうしてよいか判らないでしょう。 ローカルの教会は、十代の若者達の「第二の家庭」でなければならないと私は思います。私達の教会の将来は彼らであると、私は信じます。高齢者の人達は早めに家に戻りたいと思うかもしれません。しかし、教会の将来は若いそれらの人達のものなのです。日曜日の晩の集会は、特にそれらの若者達の事を念頭に置き、策定されなければならないと思います。もし私達が日曜日の晩の集会を、若者達の受け皿にするなら、彼らの注目を引き、彼らをキリストに導き、そしてローカルの教会の奉仕の為に訓練できるのです。その一方で、もし私達が日曜日の晩の集会を閉鎖するなら、私達の教会は、数人の青く髪を染めた高齢の女性達で、50年もしくは60年前に日曜日の晩の集会を断念したメソジストの教会のように、ほぼ空っぽの教会の建物の中で、一時間だけの日曜日の午前の集会に身を寄せ合うことになるでしょう。日曜日の晩の集会を断念する教会は、私達の説教を毎週日曜日の晩に、若者達に向けて集中しない限り、何年か先には、そのような同じ状態になると、私は確信します

IV. 四番目に、日曜日の晩の集会を閉鎖する教会には、真実のリバイバルは起こらないでしょう。

私は、これだけを題材にして触れる事が出来ますが、リバイバルはしばしば夜に起こるという、リバイバルの歴史について幾つもの本を読みました。 実際に、リバイバルは普通日曜日の晩に神によって送られます。

トーザー博士は『Born After Midnight』と題するメッセージを書きました。 その中で彼はこのように言っています、

リバイバルは深夜に起こるという考えには、かなりの真実味がある、なぜなら、リバイバルは、…それを切に望む人達だけに起こる…。そしてそれは、[リバイバルの]稀な体験へと圧力をかけ、稀な人がそこに達するという事は、より深夜に可能なことである(A. W. Tozer, “Born After Midnight,” in The Best of A. W. Tozer, compiled by Warren W. Wiersbe, Baker, 1978, pp. 37-39)。

日曜日の晩の集会はいつも真夜中まで続くべきである、と私が言っているという、ばかげた発言はしないでください。

しかし、私は、何百もの回心をもたらしたバプテスト主義派の二つの教会での伝統的なリバイバルを目撃したまれな経験があります。 それらの教会は、夜まで引き続く、晩の集会を持ちました。 その一つは、神から送られたリバイバルにより、約三年間で数千人を教会に加えました! 集会の多くは深夜遅くまで続きました。 もう一つの教会では、三か月間に五百人以上を教会に加えました。 これらの、神によって送られた二番目のリバイバルは、日曜の晩の集会で始まりました。 最初の教会は、日曜の晩の集会と週日の晩の集会がありました。 神からのリバイバルを、私は体験しました!

もし、それらの二つのバプテスト教会が、日曜日の晩の集会を閉鎖していたならば、そのようなリバイバルの喜びを体験していたでしょうか? いいえ、しなかったでしょう! トーザー博士が言ったように、リバイバルは、「それを切に望む人達に」だけにのみ起こるでしょう。 もし私達がリバイバルを切に求めるなら、神がしばしば真のリバイバルを送られる、正にその日曜日の晩の集会を、私達は閉鎖しないでしょう。

私達の教会で、昨年神は素晴らしいリバイバルを送ってくださいました。 29人の若者達が、数日間の内で救われました―そして、教会に留まりました、なぜなら、彼らは真に回心したからです。 ほとんどのそれらの集会は晩に行われました。

今朝、まだ救われていないあなた方に手短に話します。 あなた方は救われる事に対して不安を感じていますか? あなた方は罪の自覚がありますか? あなた方はイエスに罪と地獄から救ってもらいたいと願っていますか? ならば、また今晩の集会に戻って来るよう懇願します。 ジョン・ケイガンが『失われた魂の為の戦い』を説教します。 それはあなた方に挑戦する説教です―イエスを見出し、イエスの聖なる血によってあなた方の罪を救いに導く説教です。 ジョンのダイナミックな説教を今夜聞いてください!

しかし、なぜ救われないで、、家に帰るのですか? あなた方の罪を捨て、イエスを信頼しなさい! 今あなた方が、イエスを、彼だけを信頼する時、イエスはあなた方の罪を清めるでしょう!

起立して、ソングシートの第七番、『罪のけがれを』を歌ってください。 私達が歌っている間に、前に出てきて、膝をついて祈りなさい。 ケーガン先生、ジョン・ケイガン、そして、私がここであなた方とカウンセリングをし、神があなた方をイエスに引き寄せるよう、一緒に祈ります。 あなた方を救うために十字架で流された血でもって、あなた方を洗い清めることによって、あなた方を罪から救うことの出来るのはイエスだけです。 私達が歌っている間に、出てきなさい。 起立して、ソングシートの第七番を歌ってください。 それは、『罪のけがれを』で、ソングシートの第七番です。

つみのけがれを あらいきよむるは
   イエス・キリストの ちしおのほかなし
イエスのちしお ほむべきかな
   われをあらい ゆきのごとくせり

あまつへいわを こころにみたすは
   イエス・キリストの ちしおのほかなし
イエスのちしお ほむべきかな
   われをあらい ゆきのごとくせり

よせくるあたを みごとにふせぐは
   イエス・キリストの ちしおのほかなし
イエスのちしお ほむべきかな
   われをあらい ゆきのごとくせり
(『罪のけがれを』“Nothing But the Blood” by Robert Lowry, 1826-1899).


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(説教終了)
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これらの説教文書はコピー権で守られていませんので、ハイマーズ博士の許可無く使用
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アベル・プルードホム氏による説教前の聖書の朗読:ユダ1-4。
ベンジャミン・キンケイド・グリフィス氏による説教前の独唱:
      “Onward, Christian Soldiers” (by Sabine Baring-Gould, 1834-1924).

要 綱

日曜日の晩の集会のための戦い

(バトル・クライ、シリーズその一)
THE BATTLE FOR SUNDAY NIGHT
(NUMBER ONE IN A SERIES OF BATTLE CRIES)

R. L. ハイマーズ Jr. 神学博士 著

“愛する人々。私はあなたがたに、私たちがともに受けている救いについて手紙を書こうとして、あらゆる努力をしていましたが、聖徒にひとたび伝えられた信仰のために戦うよう、あなたがたに勧める手紙を書く必要が生じました”(ユダの手紙3節、新改訳)。

(マタイ 25:5)

I.    最初に、アメリカの教会で日曜日の晩の集会を閉鎖する事はごく最近
で、これは一般的なプロテスタント主義の傾向の中に起こった。

II.   二番目に、日曜日の晩の集会を閉鎖する事は、「決断主義」の成り行きの一つである。

III.  三番目に、日曜日の晩の集会を閉鎖する事は、予期せぬ結果をもたらす。

IV. 四番目に、日曜日の晩の集会を閉鎖する教会には、真実のリバイバルは起こらないでしょう。