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祈りの方法と祈祷会を導く方法
(神学博士テモテ・リン先生の教え、1911-2009)

R. L.ハイマーズJr. 神学博士 著
ジョン・サムエル・ケイガン氏 説教
ロスアンゼルスのバプテストタバナクル教会にて
2017年10月15日、主の日の晩の説教

HOW TO PRAY AND HOW TO CONDUCT A PRAYER MEETING
(THE TEACHINGS OF DR. TIMOTHY LIN, 1911-2009)
(Japanese)

A sermon written by Dr. R. L. Hymers, Jr.
and preached by Mr. John Samuel Cagan
at the Baptist Tabernacle of Los Angeles
Lord’s Day Evening, October 15, 2017

“しかし、人の子が来たとき、はたして地上に信仰が見られるでしょうか。” (ルカの福音書第18章8節、新改訳)

ハイマーズ先生の長年の牧師、神学博士リン先生(Dr. Timothy Lin、1911-2009)は、聖書について非常に良く研究・理解されていました。 リン先生は、ヘブライ語と同系言語の博士号を取得されました。 1950年に、ボブ・ジョーンズ・ユニバーシティの大学院で、組織神学、聖書理論、旧約聖書ヘブライ語、聖書用語アラム語、古典アラビア語、そして、ペシタ訳のシリア語を教えられていました。 後に博士は、ジェイムズ・ハドソン・テイラ―三世の後を継いで、チャイナ・エバンジェリカル・セミナリーの学長も務められました。 また先生は、ニュー・アメリカン・スタンダード・バイブル(NASB)の旧約聖書の翻訳者の一人でもありました。 リン先生は、二十四年間ハイマーズ先生の牧師でした。 ハイマーズ先生は、疑問の余地なく、リン先生はこれまでに彼の知る限り最も有能な牧師であったと言っています。 ハイマーズ先生は、リン先生の教会の会員であった時、その教会で何百人もの人達が救われ、神からのリバイバルを目撃しました。

“しかし、人の子が来たとき、はたして地上に信仰が見られるでしょうか。”(ルカ18:8)。

ほとんどの注解書はこの聖句に言及していません。 例えば一つの注解書は、「地上の一般的な状態は、不信のひとつとなろう」と書いています。 しかし、それはイエスがこの聖句で意図された事ではありません。 主はここで終わりの日の一般的な背教について告げているのではなく、またイエスが来臨される時に、真のクリスチャンがいるかどうかを問いかけているのでもありません。 実際は、イエスはペテロにその逆を告げているのです、

“わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てます。ハデスの門もそれには打ち勝てません。”(マタイ16:18)

マタイの福音書第16章18節は、大いなる背教がどんなにひどくなろうとも、キリストの来臨の時には、信仰を持つ多くのクリスチャンがいることを告げています。 今日、真のリバイバルが起こっている、特に中国とその他の後進国の国々などで、多くの真のクリスチャンが空中携挙するでしょう。

“主は、号令と、御使いのかしらの声と、神のラッパの響きのうちに、ご自身天から下って来られます。それからキリストにある死者が、まず初めによみがえり、次に、生き残っている私たちが、たちまち彼らといっしょに雲の中に一挙に引き上げられ、空中で主と会うのです。このようにして、私たちは、いつまでも主とともにいることになります。”(テサロニケ第一4:16-17)

大患難の時でさえも、多くの人々が救われるでしょう、

“あらゆる国民、部族、民族、国語のうちから、だれにも数えきれぬほどの大ぜいの群衆が、…。”(黙示7:9)

彼らは、大きな患難から抜け出て来た者たちで、その衣を小羊の血で洗って、白くしたのです。”(黙示7:14)

ですから、イエスは来臨の時には救いの信仰が見られないことについて告げているのではありません。 主はこう言われました、

“しかし、人の子が来たとき、はたして地上に信仰が見られるでしょうか。”(ルカ18:8)

I. 最初に、忍耐強く祈ることの重要性。

ほとんどの注解書は誤っています、しかし、リン先生は今日のテキストの真の解釈をこのように挙げています、

“信仰”という言葉は、聖書の中で幅広く用いられている。その正確な意味は、その前後関係の入念な検討によってのみ明確にされる。この聖句の前のテキストは、我々は常に祈り、落胆するべきではないことを示す比喩である[ルカ18:1-8a]、その後のテキスト[ルカ18:9-14]は、パリサイ人と取税人の祈りの比喩である。従って、この聖句[ルカ18:8]の前後関係からして、“信仰”という言葉は、ここで祈りへの信仰を意図していることを正しく示している。そして主のこの御言葉は、御自身の教会が、彼の来臨の時に祈りへの信仰を失うであろうという悲嘆の言葉である(Timothy Lin, Ph.D., The Secret of Church Growth, First Chinese Baptist Church of Los Angeles, 1992, pp. 94-95)。

リン先生は、ルカの福音書第18章1節から8節までの比喩のポイントは、クリスチャンは落胆せず祈り続けなければならないことであると言いました。 8節は、この終末の、私達が現在生きている時代のクリスチャンは、祈りを継続する信仰がないであろうことを示しているのです。 ですから、私達はこのテキストについてこのように注釈する事が出来るでしょう、

“しかし、人の子が来たとき、はたして地上に[忍耐強い祈りの]信仰が見られるでしょうか。”(ルカ18:8)

更にリン先生はこのようい言われました、

今日の多くの教会の祈祷会は、実際には放棄されている[もしくは、一言、二言の形ばかりの祈りだけで]週日の聖書研究へと代わっている。そのような痛ましい状態を直面する多くの教会は、この重要な警告を完全に無視し、自己満足への彼らの放縦によって、[しばしば]彼らの祈祷会を完全に中止している。それは正に、主の来臨が間近である事の[一つの]兆候である!現在、多くの[教会員達]は、彼らの主ではなくテレビを崇拝している。…これは正に嘆かわしい事である!…最後の日の教会は、…祈祷会に対する極度な無関心さを表示する(Timothy Lin, Ph.D., ibid., p. 95)。

従って、ルカの福音書第18章8節は、キリストの来臨前の、救いへの信仰の完全な欠如ではなく、私達が生きている時代に於ける兆候、祈りの欠如の兆候を表しているのです。 教会での祈りの欠如は、主の来臨前の、最後の日に私達は生きているという一つの兆候なのです。

“しかし、人の子が来たとき、はたして地上に[継続する祈りの]信仰が見られるでしょうか。”(ルカ18:8)

II. 二番目に、祈祷会の重要性。

リン先生はまた、個人的な祈りは、祈祷会で共に祈ることと同じ権威や力はないと指摘しました。 先生はこう言いました、

人々はしばしば、あなたが個人的に祈ろうがグループで祈ろうが何の違いもない、また、家で一人で祈ろうが、教会で兄弟姉妹と共に祈ろうが、それは重要ではないという発言は、単なる怠慢な自己慰安、もしくは祈りの力を軽視する妥当的な言い訳である。

“まことに、あなたがたにもう一度、告げます。もし、あなたがたのうちふたりが、どんな事でも、地上で心を一つにして祈るなら、天におられるわたしの父は、それをかなえてくださいます。ふたりでも三人でも、わたしの名において集まる所には、わたしもその中にいるからです。”(マタイ18:19-20)。

     私達の主は,、この神からの権威の活用は、個人の試みによってではなく、教会全体[によって]実行される集団の試みを通してのみに達成出来ることをはっきりと告げている。言葉を変えれば、教会全体が心を一つにして[祈る]…時のみに、教会はそのような神からの権威を有効に得る事が出来るのである。
     しかしながら、最後の日の教会は、この真実の現実性を知ることが出来ず、また神の力を得る適切な手段も記憶に留めることが出来ないのである。それは何とも大いなる損失ではなかろうか![教会]は、教会を管理する知識ではなく、天からの神威を授かっている。だが教会は、サタンの働きを拘束すること、抑圧された人々を解放すること、神の御臨在の現実性を体験することに困窮している。哀れながらに、それは不可能なのである!(Timothy Lin, Ph.D., ibid., pp. 92-93)。

従って、リン先生は祈りへの信仰の絶対的必要性、そして教会での祈祷会の絶対的必要性を教えられたのです。

III. 三番目に、「心を一つにして」祈ることの重要性。

起立して使徒の働き第1章14節を開いて、声を上げて読んで下さい。

“この人たちは、婦人たちやイエスの母マリヤ、およびイエスの兄弟たちとともに、みな心を合わせ、祈りに専念していた。”(使徒1:14)

“…みな心を合わせ、祈りに専念していた。” その事についてリン先生は、このように言っています、

中国語の聖書は、“みな心を合わせ”を、「同じ心で、そして同じ思いで」と翻訳している。それゆえ祈祷会に神の御臨在を得る為には、全ての参加者が、祈りの現実的重要性を理解するだけでなく、神に、みな心を合わせて嘆願し、祈り、とりなし、そして感謝を捧げ、誠実な望みを持って[祈祷会に]参加しなければならないのである。そうして祈祷会は達成出来、他の奉仕もまた達成出来るであろう(Timothy Lin, Ph.D., ibid., pp. 93-94)

“心を合わせ”て祈る為には、一人の兄弟が参加者を祈りに導く時、私達は皆「アーメン」と言わなければなりません。 私達が皆で「アーメン」という時、私達は“心を合わせ”て祈っているのです。

私達は、祈りへの信仰の重要性、教会の祈祷会の重要性、そして“心を合わせ”て祈ることの重要性についてのリン先生の教えを聞きました。 且つ、今晩ここにいる数人の人達は、教会の祈祷会に全く出席していません。 あなた方の霊的生活に活気が無いのも不思議ではありません! 今晩ここに「牧師先生、次回から少なくとも一つの祈祷会に、私は出席します」と言う人がいますか? 目を閉じて下さい。 もしあなた方がそうするなら、手を挙げて下さい。 神が、彼らがその約束を果たせるよう助けて下さることを、皆で祈って下さい!(皆で祈る)。

もしあなた方が未だ回心していないなら、少なくとも土曜日の晩の祈祷会には出席する事を強く勧めます。 目を閉じて下さい。 「牧師先生、毎週土曜日の晩の祈祷会に、私は出席し始めます」と言う人がいますか? 手を挙げて下さい。 彼らが約束を守れるように皆で祈って下さい(皆で祈る)。

キリストは、あなた方の罪を贖う為に十字架で死なれました。 キリストは、あなた方の罪を洗い流す為に、御自身の血を流されたのです。 キリストは、あなた方の罪を贖う為に十字架に磔にされ、とてつもない苦しみを貫かれました。 キリストは、三日目に死からよみがえられました。 キリストは、神の右の座に居られます。 キリストに来なさい、そうすれば、あなた方は罪から救われます。

今晩、未だ救われておらず、あなた方自身の回心の為に私達に祈ってほしい人がいますか? 目を閉じて下さい。 私達があなた方の回心の為に祈れるよう手を挙げて下さい。 イエスの血による清めの為に、彼らが罪を悔い改めて、キリストに来るように皆さんお祈りして下さい!

チャン先生、今晩誰かが救われるますように、私達を祈りに導いて下さい。 あなた方が、真のクリスチャンになる事について私達とお話ししたいならば、ケイガン先生、ジョン・ケイガン、そしてノア・ソングに従って集会場の後方へ移動してください。 私達が、あなた方の回心についてお話しでき祈れる静かな部屋へ導いてくれます。

リン先生の生涯を知りたい方は、下記のウィキペディアをクリックして下さい
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(説教終了)
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ベンジャミン・キンケイド・グリフィス氏による説教前の独唱:
“‘Tis the Blessed Hour of Prayer” (by Fanny J. Crosby, 1820-1915).

要 綱

祈りの方法と祈祷会を導く方法
(神学博士テモテ・リン先生の教え、1911-2009)

HOW TO PRAY AND HOW TO CONDUCT A PRAYER MEETING
(THE TEACHINGS OF DR. TIMOTHY LIN, 1911-2009)

R. L.ハイマーズJr. 神学博士 著

“しかし、人の子が来たとき、はたして地上に信仰が見られるでしょうか。”
   (ルカの福音書第18章8節、新改訳)

(マタイ16:18;テサロニケ第一4:16-17;黙示7:9, 14)

I.    最初に、忍耐強く祈ることの重要性。 ルカ18:8。

II.   二番目に、祈祷会の重要性。 マタイ18:19-20。

III.  三番目に、、「心を一つにして」祈ることの重要性。 使徒1:14。