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テサロニケのクリスチャンを
あなた方の模範とせよ!

R. L. ハイマーズ Jr. 神学博士 著

ロスアンゼルスのバプテストタバナクル教会にて
2015年12月27日、主の日の晩の説教

MAKE THE THESSALONIAN CHRISTIANS
YOUR EXAMPLE!
(Japanese)

by Dr. R. L. Hymers, Jr.

A sermon preached at the Baptist Tabernacle of Los Angeles
Lord's Day Evening, December 27, 2015

“パウロ、シルワノ、テモテから、父なる神および主イエス・キリストにあるテサロニケ人の教会へ。恵みと平安があなたがたの上にありますように”。 (テサロニケ人への手紙第一第1章1節、新改訳)

プルードホム氏がテサロニケ人への手紙第一の最初の章を読んでくださいました。 テサロニケの都市にあった初期の教会が描写されています。 使徒パウロはこの手紙を西暦50年頃に書きました。 これはパウロが書いた最初の手紙です。 彼は設立されて数か月しか経っていない教会の会衆に向かって書きました。 使徒の働き第17章によると、パウロは三度の安息日に渡り彼らと共に過ごしています。 “世界中を騒がせて来た者たちが、ここにも入り込んでいます”(使徒17:6)と言って、パウロとシラスに反発する不信者のユダヤ人に集められたならず者達によって、直ちにその都市から追い出されました。 また彼らは、教会の指導者ヤソンが、イエスという名の他の王がいると言って、カイザルの律法に反していると言いました。 彼らはヤソンと他のクリスチャン達を捕らえ、後に彼らを釈放しました。 第3章2節でパウロは、テモテを“あなたがたを強め励ます”(テサロニケ第一3:2)ために遣わすことを約束しました。

それでは、テサロニケ人への手紙第一の最初の章に注目しましょう。 彼らは、たった三週間しかパウロと共にいませんでしたが、また彼らの教会は一年ほどしか経っていませんでしたが、私達は著しく強固な少人数の教会を目にします。 これは素晴らしい教会で、私達が最善を尽くして模範にすべき教会です。 その最初の章に私達が模範とすべき八つの要点が挙げられています。

1. 最初に、彼らは神の内とキリストの内にいた。

“パウロ、シルワノ、テモテから、父なる神および主イエス・キリストにあるテサロニケ人の教会へ。恵みと平安があなたがたの上にありますように” (テサロニケ第一1:1)。

シルワノはシラスのもう一つの呼び名です。 彼らはかつて偶像礼拝をする者でしたが、今ここでは、彼らは“父なる神”、“主イエス・キリストにある”人達です。 それはパウロがこの教会について語った言葉です。 そのようにしてあなた方は教会に“加わる”のです。 あなた方の名前が教会の名簿に記される事によってではありません。 それは、“神にある”、そして“キリストにある”ことによるのです。 それがあなた方を真の教会員にさせるのです。 イエスは、“それは、父よ。 あなたがわたしにおられ、わたしがあなたにいるように、彼らがみな一つとなるためです”(ヨハネ17:21)と祈られました。 教会に加わる為には、あなた方はイエスに加わり、そして神に加わらなければなりません。 他に方法はありません。 あなた方はキリストの内に“ある”か、あるいはキリストの内に“いない”かのどちらかなのです。 ですから私達は、あなた方がキリストに来て、キリストを信頼し、キリストに依存するよう話すのです。 そうする時あなた方は、私達の教会の会員になります。 私達の教会に加わる方法は他にはありません。 イエスは、“あなたがたは新しく生まれなければならない”(ヨハネ3:7)と言われました。 教会へ来ることは、“主イエス・キリストにある”(テサロニケ第一1:1)ことと同じでは無いのです。

真の教会は、“主イエス・キリストにある”人達によってのみに造り上げられています。 他の人達は、単に教会を訪ねているのであって、教会の一部ではありません。 それはノアの箱舟のようです。 多くの人達が箱舟の周りを歩き、また中にも入って来たでしょう、そして出て行きました。 しかし大洪水が起こった時、彼らは箱舟の中に“いません”でした。 ですから彼らは大洪水によって溺れてしまったのです。 イエスは、“人の子が来るのは、ちょうど、ノアの日のようだからです”(マタイ24:37)と言われました。 神の裁きがこの世に下る時、あなた方がテサロニケの教会の人々の様に、“主イエス・キリストにある”こと無しには、救いの望みはありません。

2. 二番目に、彼らは、信仰、愛、そして主イエス・キリストへの望みを持っていた。

第3節に注目して下さい

“絶えず、私たちの父なる神の御前に、あなたがたの信仰の働き、愛の労苦、主イエス・キリストへの望みの忍耐を思い起こしています”(テサロニケ第一1:3)。

使徒パウロは、テサロニケの教会のクリスチャン達が、クリスチャンの愛を持って働いた事を思い起こしました。 彼らの働きは、キリストへの信仰の成果でした。 彼らの為す働きは、“愛の労苦”でもありました。 また、彼らには、“主イエス・キリストへの望み”によって培われた忍耐がありました。 コリント人への手紙第一の第13章でパウロは、“こういうわけで、いつまでものこるものは信仰と希望と愛です。 その中で一番すぐれているのは愛です”(コリント第一13:13)と言っています。

私達は、人々が信仰、愛、そしてキリストへの望み無くして、教会に出席しているのを見ます。 しかし、彼らは教会に長くは留まらないでしょう。 彼らは単に友を求めて来ているだけなのです。 彼らは教会の人達との楽しい交わりを好みます。 しかし後に、“試練のときになると、身を引いてしまうのです”(ルカ8:13)。 それは年明けの初めの頃にしばしば起こります。 彼らはクリスマスと新年の教会でのパーティーを大いに楽しみます。 そして年が明け、教会での楽しさが薄れていきます。 そのため彼らは教会から“離れて”行きます。 そのことは、彼らが楽しさや遊びの為だけに教会へ来ていたことを表します。 彼らにはキリストとの関係は全くありません。 彼らは、“主イエス・キリスト”の内にいなかったのです。 ですから彼らは教会を離れて行き、回心しないのです。 彼らはテサロニケの教会の人々の様には決してなりません! それがあなた方に起こらないことを私は望みます!

3. 三番目に、彼らは神によって選ばれた。

第4節に注目して下さい。

“神に愛されている兄弟たち。あなたがたが神に選ばれた者であることは私たちが知っています” (テサロニケ第一1:4)。

使徒パウロは、彼らを“兄弟”と呼びました。 なぜなら、彼らは神による救いを通して選ばれていたからです。 パウロは彼らの選びに関して、テサロニケ人への手紙第二第2章13節で再度語っています。 彼は、“神は、・・・あなたがたを、初めから救いにお選びになったからです”と言っています。 私達が神を選んだのではありません。 神が私達を選んだのです。 エペソ人への手紙の中でパウロは、“神は私たちを世界の基の置かれる前から彼にあって選び”(エペソ1:4)と言いました。 イエス御自身が、“あなたがたがわたしを選んだのではありません。 わたしがあなたがたを選び”(ヨハネ15:16)と語っています。

これは奥義であり、私達の生まれ持った思いによってでは、完璧に理解できるようなことではありません。 しかし、それは全くの真実なことです。 五十七年前に、私は説教するよう任命されました。 良いクリスチャンの家庭で育った多くの若者達が教会にいました。 彼らは、良いクリスチャンの家庭で育っていたにも関わらず、回心していませんでした。 そうして最終的に彼らは教会から離れて行きました。 その有利な状況にいても、彼らは神による救いに選ばれていなかったのです。 一方、離婚により崩壊された家庭で育った哀れな少年の私が、彼らの間にいました。 私は教会を出て行かなかっただけでなく、五十七年後の今日でも、私は福音を宣べ伝えています。 それをどのように説明する事が出来るでしょうか? 私はそれを説明する事は出来ません。 私はただイエスの御言葉、“あなたがたがわたしを選んだのではありません。 わたしがあなたがたを選び”を引用出来るのみです。 そして神が私を選んでくださったゆえに、私は教会から離れること無く、多くの難局と多くの悲しみを貫く事が出来るようにされたのです! それは同じくテサロニケの教会のクリスチャン達にも言える事です。 “あなたがたが神に選ばれた者であることは私たちが知っています”。

私が言える事は、あなた方が選ばれた一人でないならば、私達があなた方を助ける事は何一つありません。 更にまた、あなた方は救われる為に何一つとして為せることはないのです! ですから、ある人達は救われること無く、何年も福音の説教を聞くことが出来るです。 彼らは聞く耳を持たないのです。 あるいは、イエスを信頼する心が無いのです。 彼らは決して“それを理解する”ことが無いのです。 フィリップ・チャンさんは、彼の思いは空回りしながら、どのように救われるかを考え出そうとしていたと言いました。 そうしてある日曜日の朝、神が彼の思いを開かれ、彼はイエスを信頼しました。 しかし選ばれていない人達はそのような瞬間は決して持ちません。 彼らの思いは、死に臨み、地獄の火へと落ちて行くまで空回りし、考え出し続けます。 選びはあなた方の選択ではありません。 第4節が語っているように、“神に”選ばれることなのです。

4. 四番目に、御言葉を学ぶ事によってだけでなく、御力によって、彼らは福音を受け入れた。

第5節に注目して下さい。

“なぜなら、私たちの福音があなたがたに伝えられたのは、ことばだけによったのではなく、力と聖霊と強い確信とによったからです。また、私たちがあなたがたのところで、あなたがたのために、どのようにふるまったかは、あなたがたが知っています” (テサロニケ第一1:5)。

使徒パウロは、それを“私たちの福音”と呼んでいます。 なぜなら、それは彼と彼の仲間であるシラスによって宣べ伝えられたからです。 他の箇所で彼はそれを、“神の福音”(ローマ1:1)、また“キリストの福音”(テサロニケ第一3:2)とも呼んでいます。

福音は力を伴ってテサロニケの人々に伝えられました。 コリント人への手紙でパウロはこのように言いました、

“そして、私のことばと私の宣教とは、説得力のある知恵のことばによって行われたものではなく、御霊と御力の現れでした”(コリント第一2:4)。

マーティン・ロイド‐ジョーンズ博士は、「使徒パウロは・・・人間の才能もしくは方法、もしくは考案には頼らなかった。 それは‘御霊と御力の現れ’であった」 (Unsearchable Riches in Christ, p. 56) と言いました。

テサロニケの人々は、メモを取るように聖書を開きませんでした! それは福音伝道的説教をする方法ではありません。 それは伝道的な説教を妨げます。 プロジェクターも同様です。 私なら彼らに鉛筆を捨てさせ、プロジェクターのスイッチを切り、昔ながらのキング・ジェイムズ訳聖書から説教するでしょう。 私達はモダンな器具を用いてではなく、聖霊に頼らなければなりません! テサロニケの人々は聖霊の力によって説教し、彼らは明らかに回心したのです。 私は回心の方法を教える事は出来ません。 ですから私達は常に神の御存在、聖霊の実在性を祈っています。 神の御霊があなた方にそれらの真実性を示し、キリストへとあなた方を導かれるのです。 テサロニケの人々は、今日ほとんどの説教壇から聞くような無味乾燥な聖書研究では無く、聖霊に満たされた説教によって回心したのです! 今日、御言葉の大規模な欠乏があります。 なぜなら、私達の説教には、彼らにあった神の御霊による力が欠けているからです。

5. 五番目に、彼らは、迫害を貫く事によって、パウロとシラスの模範に従った。

第6節に注目して下さい。

“あなたがたも、多くの苦難の中で、聖霊による喜びをもってみことばを受け入れ、私たちと主とにならう者になりました”(テサロニケ第一1:6)。

彼らは“多くの苦難”にも関わらず、パウロ、シラス、そしてキリストにならう者となりました。 そして、苦難の中にあって、彼らは聖霊によって与えられる喜びを持ったのです。 使徒ペテロはこう言いました、

“愛する者たち。あなたがたを試みるためにあなたがたの間に燃えさかる火の試練を、何か思いがけないことが起こったかのように驚き怪しむことなく、 むしろ、キリストの苦しみにあずかれるのですから、喜んでいなさい。それは、キリストの栄光が現れるときにも、喜びおどる者となるためです”(ペテロ第一4:12-13)。

トーマス・へイル博士(Dr. Thomas Hale)は、「新約聖書によれば、キリストのゆえに迫害に耐える事は喜ぶべき特権なのである(使徒5:41;ペテロ第一4:13)。 喜びを持って迫害に絶える教会は、強固な教会[になる]。 そしてそれの証は力強い」(Thomas Hale, M.D., The Applied New Testament Commentary, Kingsway Publications, 1997; comment on I Thessalonians 1:6)と書いています。

私達の教会は、ひどい教会分裂を通して強くなりました。 ですから私達には、多くの“聖霊による喜び”があります。 私達の教会を訪れる説教者達は、私達の歓喜に驚かされます! テサロニケの教会のように、苦難の火を貫く事によって、私達はそのようにされたのです!

このような試練を経る事が、強固なクリスチャンになる唯一の道なのです。 聖書研究だけでは強固なクリスチャンを造り上げません。 試練を通しての苦悩が私達を強くするのです。 他に道はありません! 使徒パウロはアンテオアの新しいクリスチャン達に、“私たちが神の国に入るには、多くの苦しみ(困難)を経なければならない”(使徒14:22)と告げました。 困難、苦通、そして苦難は、強固なクリスチャンを造り上げるだけでなく―それらは、価値あるものとそうでないものを区別します。 なぜなら些細な困難が起こると、回心していない人は教会を去って行き、俗的な世界に戻って行きます―私達はそれをしばしば目にします。 しかし、試練を乗り越える人達は、サラザー姉、プルードホム氏、ビーボ姉、ケイガン先生、グリフィス氏、私の妻、チャン先生、そして多くの他の兄弟達―大きな教会分裂を終らせ、私達の教会を救った“39人”の仲間達のような素晴らしいクリスチャンになるのです。 もしあなた方が彼らのようになりたいならば、あなた方もある程度の困難を経なければなりません! 神は強固なクリスチャンにさせる為に困難を用いられるのです! この昔ながらの賛美歌は全てを語っています、

いかにつよきもといぞや
信仰は主のことばに立つ
さけところにいます主の
みことばこそたよりなれ
   (『いかに強きもといぞや』“How Firm a Foundation” by George Keith,
      1638-1716; “K” in Rippon’s Selection of Hymns, 1787).

私自身の生涯の中でそれが真実である事を私は知っています。 牧師になる為の私が経た試練や困難は、私の真の神学校でした。 それは、牧師になる為に私が学んだ試練でした。 私達の教会の素晴らしい偉大なクリスチャンを育てる十字架に感謝します!

6. 六番目に、彼らは他のクリスチャンの模範となった。

第7節に注目して下さい。

“こうして、あなたがたは、マケドニヤとアカヤとのすべての信者の模範になったのです” (テサロニケ第一1:7)。

トーマス・へイル博士はこのように言いました、

これらのテサロニケのクリスチャン達は喜んで迫害に耐えた。そして彼らは非常に忠実にキリストを模範とし、彼らはマケドニア、ギリシャの北方の属州に住む他の[クリスチャン達]の模範、手本となった。これらのテサロニケのクリスチャン達を我々の模範にもさせようではないか!そうして…我々も他の人達の模範となるように(同著;テサロニケ人への手紙第一1:7の注解)。

7. 七番目に、彼らは伝道者であった。

第8節に注目して下さい。

“主のことばが、あなたがたのところから出てマケドニヤとアカヤに響き渡っただけでなく、神に対するあなたがたの信仰はあらゆる所に伝わっているので、私たちは何も言わなくてよいほどです”(テサロニケ第一1:8)。

彼らは、福音を彼らの周りの全ての人達に“響き渡せた”。 彼らは人々を導き、教会へ連れて来ました。 彼らは布教に熱心な伝道者でした。 因みに、彼らは伝道をする事に何年もの聖書研究は要しませんでした。 へイル博士は、「使徒パウロがこの手紙を書いた時、この教会は一年も経っていなかった事を記憶に留めておくように。 それは少数の教会員の、迫害を受けた教会であった。 それにも関わらず、彼らの信仰はあらゆるところに伝わっていた」と言いました(同著;テサロニケ人への手紙第一1:8の注解)。

強固なクリスチャンになる一番早い方法は、直ちに伝道へ出て行くことです。 直ちに! 伝道から名前を持ってくる人達は、直ちに強固なクリスチャンへ育ちます。 しかし、教会にただ来るだけの人達は、決して成熟したクリスチャンにはならないように思えます。 ある人達はその事について真剣に考えなければなりません! それがあなた方の欠点でしょうか? 失われた人が救われるよう教会へ導くような伝道に熱心ではない、真に強固なクリスチャンに私は出会った事はありません。 もしあなた方が伝道に興味がないのであれば、あなた方は決して強固なクリスチャンにはならないと私は思います。 それは五十七年以上の奉仕の結果による私の意見です。

8. 八番目に、彼らはそれらすべてを為す事が出来た、なぜなら、彼らはキリストへの真の回心を体験したからである。

第9節と第10節に注目して下さい。

“私たちがどのようにあなたがたに受け入れられたか、また、あなたがたがどのように偶像から神に立ち返って、生けるまことの神に仕えるようになり、また、神が死者の中からよみがえらせなさった御子、すなわち、やがて来る御怒りから私たちを救い出してくださるイエスが天から来られるのを待ち望むようになったか、それらのことはたの人々が言い広めているので” (テサロニケ第一1:9-10)。

彼らは、生きた真の神に奉仕する為に、偶像から神へと回心しました。 回心する為には、あなた方の罪を去らなければなりません。 しかしそれだけではありません。 あなた方は罪からキリストへ来なければなりません。 なぜならイエスは、“わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません”(ヨハネ14:6)と言われたからです。 もしあなた方が自己中心的な邪悪な生活からキリストへ来る事を拒むならば、残りの生涯を通してこの教会に出席したとしても、あなた方は決して救われないでしょう! あなた方はキリストの聖なる血によって、あなた方の罪から清められる為にキリストに来て、彼を信頼しなければなりません! そうすればあなた方の望みはキリストのみにあり、望みと喜びであなた方はキリストの来臨を待望するでしょう!

あなた方がこの説教のプリントを自宅へ持って帰り、一度だけでなく、何度も読む事を私は願います! あなた方がテサロニケの立派なクリスチャン達のようになる事を、私はどんなにも願っている事でしょうか! アーメン。 チャン先生、私達を祈りに導いて下さい。


もしあなたがこの説教で祝福を受けられたのであれば、あなたのご意見をお聞かせ下さい。ハイマーズ博士に電子メールを送られる際は、どこの国から送っているのかをいつも明記して下さい。そうでなければ、ハイマーズ博士はあなたの電子メールに答えられません。もしあなたがこれらの説教で祝福されたのでしたら、ハイマーズ博士に電子メールを送って下さい。送られる時は、どこの国から送っているのかをいつも明記して下さい。ハイマーズ博士の電子メールの住所は ― rlhymersjr@sbcglobal.net (ここをクリック)。 (ここをクリック)。どんな言語でもかまいませんが、もし出来るのであれば、英語で書いてください。また、普通郵便で送りたい方は、P.O. Box 15308, Los Ángeles, CA 90015に送って下さい。ハイマーズ博士の自宅電話番号は(818)352-0452です。

(説教終了)
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これらの説教文書はコピー権で守られていませんので、ハイマーズ博士の許可無く使用
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可無く複製・使用はできません。

アベル・プルードホーム氏による説教前の聖書の朗読:テサロニケ第一1:1-10。
ベンジャミン キンケイド グリフィス氏による説教前の独唱:
“Living for Jesus” (by Thomas O. Chisholm, 1866-1960).

要 綱

テサロニケのクリスチャンを
あなた方の模範とせよ!

MAKE THE THESSALONIAN CHRISTIANS
YOUR EXAMPLE!

R. L. ハイマーズ Jr. 神学博士 著

“パウロ、シルワノ、テモテから、父なる神および主イエス・キリストにあるテサロニケ人の教会へ。恵みと平安があなたがたの上にありますように”。 (テサロニケ人への手紙第一第1章1節、新改訳)

(使徒の働き第17章6;テサロニケ第一3:2)

1. 最初に、彼らは神の内とキリストの内にいた。
テサロニケ第一1:1;ヨハネ17:21; 3:7;マタイ24:37。

2. 二番目に、彼らは、信仰、愛、そして主イエス・キリストへの望みを持っていた。テサロニケ第一1:3;コリント第一13:13;
ルカ8:13。

3. 三番目に、彼らは神によって選ばれた。テサロニケ第一1:4;
テサロニケ第二2:13;エペソ1:4;ヨハネ15:16。

4. 四番目に、御言葉を学ぶ事によってだけでなく、御力によって、彼らは福音を受け入れた。テサロニケ第一1:5;ローマ1:1;
テサロニケ第一3:2;コリント第一2:4。

5. 五番目に、彼らは、迫害を貫く事によって、パウロとシラスの模範に従った。テサロニケ第一1:6;ペテロ第一4:12-13;使徒14:22。

6. 六番目に、彼らは他のクリスチャンの模範となった。
テサロニケ第一1:7。

7. 七番目に、彼らは伝道者であった。テサロニケ第一1:8。

8. 八番目に、彼らはそれらすべてを為す事が出来た、なぜなら、彼らはキリストへの真の回心を体験したからである。
テサロニケ第一1:9-10;ヨハネ14:6。