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祈り通すこと―祈り求めていることを得るまで!

R. L. ハイマーズ Jr. 神学博士 著

ロスアンゼルスのバプテストタバナクル教会にて
2015年8月23日、主の日の晩の説教

PRAYING THROUGH – ‘TILL YOU GET WHAT YOU ASK FOR!
(Japanese)

by Dr. R. L. Hymers, Jr.

A sermon preached at the Baptist Tabernacle of Los Angeles
Lord's Day Evening, August 23, 2015

ルカの福音書でイエスは、“祈り通すこと”を強調されました―それは、ある特定の祈りが叶えられるまで、たとえ、それを得るまで長い期間祈らなくてはならなくても、そのことの為に祈るという事です。 それが“祈り通す”という事です。 ジョン・R・ライス博士はこのように言われました、

我々が“祈り通すこと”について語るとき、我々は、クリスチャンが己の[問題]を神に委ね、その祈りに対する答えを得るまで、神を待つという事を語っているのである…我々が神を待たない限り、神が我々に下さるという、神の御心の確信を得る事は無いであろう…絶え間のない祈りについて、聖書の幾つかの実例に注目しなさい…ネヘミヤは、敵によって占領されているエルサレムの荒廃した町の哀れな状態について祈り通した。彼は、“すわって泣き、数日の間、喪に服し、断食して天の神の前に祈って”(ネヘミヤ1:4)と言った…彼は神に懇願した…彼の祈りは[最終的に聞かれた]。エルサレムの王の心は動かされ、そして神は、その町の城壁を建てる為にネヘミヤを送られた…なぜなら、彼は祈り通したからである…。
     ペルシアのエステル王妃の時代に、[ユダヤ民族が虐殺されようとした時]、彼らは、神が彼らの命を救って下さるよう断食をし祈った。彼らは三日三晩祈り通し救いを得た。そして彼らの敵に復讐した。
     ネヘミヤの人々は断食をし祈った。そして神は、彼らの大いなる町を[救われ]、また[その町は破壊されることなく、偉大なリバイバルを送られた]。
     新約聖書でも同様であった。ペンテコスト[以前に]…弟子達は部屋の中で共に祈り通した[そして神は、彼らの祈りを聞かれ、答えられた。彼らの祈りの数日後、神は三千人の失われたユダヤ人達を奇跡的に回心させた。ペンテコストの壮大なリバイバルを送られ、求めたものを神が与えて下さるまで祈り通すことの素晴らしい例として、使徒の働き第1章と2章に記されている]…。
     使徒の働き第12章の1節から7節に、我々は、マリアの家でクリスチャン達が集り…御使いによって使徒ペテロが牢から出されるまで、どのように祈り通したかを知る。[彼らは、使徒ペテロが奇跡的に牢から出されるまで祈り通した]。それは長期に渡る、自省の伴う、悲嘆に暮れる祈りであった。そしてそれが新約聖書の至る所で語られるクリスチャン達による模範である(John R. Rice, D.D., Prayer – Asking and Receiving, Sword of the Lord Publishers, 1981 reprint, pp. 203, 206-209, Dr. Hymers’ comments in brackets)。

イエスは、ルカの福音書で祈り通すことについて、二つの例を挙げられました。 最初に、ルカの福音書第11章5節から8節にその事は記されています。 起立して、その四つの節を読み上げて下さい。

“また、イエスはこう言われた。「あなたがたのうち、だれかに友だちがいるとして、真夜中にその人のところに行き、『君。パンを三つ貸してくれ。友人が旅の途中、私のうちへ来たのだが、出してやるものがないのだ』と言ったとします。 すると、彼は家の中からこう答えます。『めんどうをかけないでくれ。もう戸締りもしてしまったし、子どもたちも私も寝ている。起きて、何かをやることはできない。』あなたがたに言いますが、彼は友だちだからということで起きて何かを与えることはしないにしても、あくまで頼み続けるなら、そのためには起き上がって、必要な物を与えるでしょう” (ルカの福音書11:5-8)。

着席して下さい。 8節に注目して下さい。 これがその節の重要な点です、

“あくまで頼み続けるなら、そのためには起き上がって、必要な物を与えるでしょう”(ルカの福音書11:8)。

“頼み続ける(英語でimportunity)”という言葉は、近代の英語では使われず、もしくは理解されません。 それは“強要して懇願する”といった意味です。 ライス博士は、“その言葉は明白に、[彼の友人が回心する様]力を求める[クリスチャン]について言及している。 クリスチャンは神に、他の人達への、命のパンを求める権利を授かっている…罪人へのパンは、‘頼み続ける’[神が失われた友人に回心への恵みを与えて下さるまで祈り通す]ことの秘訣を学ぶ人達のみに与えられる…[彼の友人を回心させる為の]神による、聖霊の奇跡なる力を求めるクリスチャンは、[彼の友人が救われるまで、祈り通すために]神を待つ権利がある”(ライス、同著、 p. 209)と書いています。

“あくまで頼み続けるなら、そのためには起き上がって、必要な物を与えるでしょう”(ルカの福音書11:8)。

更にイエスは、ルカの福音書第18章1節から8節を通して、祈り通すことを私達に教えています。 起立してその八つの節を読み上げて下さい。

“いつでも祈るべきであり、失望してはならないことを教えるために、イエスは彼らにたとえを話された。「ある町に、神を恐れず、人を人とも思わない裁判官がいた。その町に、ひとりのやもめがいたが、彼のところにやって来ては、『私の相手をさばいて、私を守ってください』と言っていた。 彼は、しばらくは取り合わないでいたが、後には心ひそかに「私は神を恐れず人を人とも思わないが、どうも、このやもめは、うるさくてしかたがないから、この女のために裁判をしてやることにしよう。でないと、ひっきりなしにやって来てうるさくてしかたがない』と言った。」主は言われた。「不正な裁判官の言っていることを聞きなさい。 まして神は、夜昼神を呼び求めている選民のためにさばきをつけないで、いつまでもそのことを放っておかれることがあるでしょうか。 あなたがたに言いますが、神は、すみやかに彼らのために正しいさばきをしてくださいます。しかし、人の子が来たとき、はたして地上に信仰が見られるでしょうか”(ルカの福音書18:1-8)。

着席して下さい。

このたとえ話の主要な点は、祈り通すことです。 その要点は第1節に記されています、

“いつでも祈るべきであり、失望してはならないことを教えるために、イエスは彼らにたとえを話された” (ルカの福音書18:1)。

私達は、“いつでも祈るべきであり、失望してはならない”のです。 “失望”は“諦める”、“止める”という事です。 私達はいつでも祈り、諦めず、そして止めてはいけないのです。 それは、私達があることに対して祈り始める時、それを得るまで祈り続けなくてはなりません。 あなた方が祈り求めていることを得るまで、止めてはなりません、諦めてはなりません。

私は、ファースト・チャイニーズ・バプテスト教会の、五十年前の私の日曜学校の生徒であった男性や女性から、毎年多くのクリスマスカードを受け取ります。 彼らが回心するまで、彼ら一人一人の為に祈った事を、私ははっきりと覚えています。 五十年後の今でも彼らが良いクリスチャンであるのを知って、私は非常に喜んでいます。 また、数週間前のマーフィー・ラム先生の葬儀の際に、彼らの多くを見かけました。 彼らが今でも良いクリスチャンでいることを知ることは、私にとって非常に大きな喜びです!

1960年代に、そのチャイニーズの教会にいた間、私はリバイバルの必要性に悩まされるようになりました。 数年前にマーフィー・ラム先生は、私が教会で公に祈るたびにリバイバルを祈っていた事を思い出さてくれました。 しばしば教会での食事への感謝の祈りをするよう頼まれた際にも、神にリバイバルを送って下さるよう私は祈りました! そして、しばしばプライベートな祈りを通しても、教会のリバイバルの為に私は祈りました。 他の人達もその為に祈っていましたが、私はリバイバルの必要性に、正に打ちのめされ駆られたのです。 私は、神がそのために働かれるよう、深刻に、そして長い期間祈りました。 そうして1969年の夏に、神がリバイバルを送り始められ、それは四年間断続的に続きました。 1970年8月29日の伝道集会で、私が説教した後の、教会のある集会で、四十人の若者達が涙を流しながら前方へ出て来ました(『To God Be the Glory』、20th Anniversary booklet, FCBC, March 1972, p. 28)。

150人ばかりのその教会で、40人の回心の体験は、その教会の初期の二十年間で“特筆されるべき”一つの出来事として、十分に匹敵しました。 その教会の記録を見ると、それらの40人全員が、二回の浸礼式の集会で洗礼を受けました(『To God Be the Glory』、p. 29)。 彼らの名前は記録に記載されおり、今日彼らのほとんどがクリスチャンです。 私は、今月の始めのラム先生の葬儀で彼らの何人かに出合いました。 1960年代後期から70年代の初期に、ファースト・チャイニーズ・バプテスト教会に起きた力強いリバイバルの為に、私達が祈り通した時、神は絶え間の無い祈りに答えられたのです。 それが過ぎ去る頃には、数百人の若者達がその教会に加わっていました。

1990年代に、東海岸にある白人系の教会で、私は再びリバイバルの必要性を深く感じました。 私は断食し一日中祈りました。 私は震えながら教壇に向かい、簡単明瞭な救いのメッセージを説教しました。 その教会の準牧師である、その牧師の息子さんが、自分は失われている、回心しなくてはならない、と泣きながら前方へ出て来ました。 その招きは午後11時過ぎまで続きました。 75人以上の人達が泣きながら前方へ出て来ました。 一人の老年の男性は、「私は失われている! 私は失われている!」と叫びながら、四つんばいになり、這いずりながら出て来ました。 教会で生まれ育った十代の人達が、涙を流し前方に出て来ました。 私の妻と息子達の近くに立っていた、イアン・ペイズリー博士の息子さんのカイルは、私の妻に“このような事は全く見た経験が無い”と囁きました。 それから三ヶ月の間、五百人以上の人達がイエスに来ました。 彼らは皆とても真剣で、彼らの多くは涙を流し、またある人達は泣き叫んでいました。 後に、そこの牧師は短期間の内に、彼等の内の数百人に洗礼を授けました。 私は最近、有名なファンダメンタリストでバプテスト派の牧師が、そのような事は今までに体験した事がない、というのを聞きました。 私は、絶えざる祈りに応じた、そのようなリバイバルを二度も体験した事を神に感謝しています。 もし私達が大胆に祈り、“決断主義”なるたわ言を止めるならば、古き時代に為されたように、神は再びリバイバルを送られるであろうと、私は信じます。

私達が祈り通すとき、神が私達に答えて下さる事を私は知っています。  私の母は八十才で、まだ救われていませんでした。 彼女は致死の脳卒中を起こしました。 彼女は地獄へ行ったことでしょう。 しかし私は、四十年間彼女の救いの為に、毎日のように祈りました。 後のある日、自分は祈り通したことを確信しました。 私はニューヨークで説教をしていましたが、ケイガン先生に電話をし、彼女の所に行き、彼女をキリストに導くように頼みました。 彼は躊躇しました、なぜなら、以前母は“救われること”について話す事さえも拒んでいた事が、彼には明らかだったからです。 しかし私はケイガン先生に、私は祈り通したこと、そして彼女がその日に救われるであろうと心に確信があったことを話しました。 ケイガン先生は、その午後に彼女の部屋に行きました―そして、何とも容易にそれはなされたのです! 私の母はその場で直ぐに回心しました。 私はその年の7月4日にウォードリップ先生の教会で行われた合同集会で、彼女に洗礼を授けました。 私の母はその瞬間、キリストによって、八十才の年齢で新たに創造された人となったのです。

私は、あなた方が一人一人の救いの為に祈り通すことが出来る事を知っています。 私は、このローカルの教会で、リバイバルの為にあなた方が祈り通すことが出来る事、そして、あなた方が求めることを得る事が出来る事を知っています。 私は、あなた方が教会の失われた友人の為に祈り通すことが出来る事を知っています。 そして、あなた方がこの教会に出席する失われた人達の為に祈り始めるならば、そしてその人達の為に祈り続け、あなた方が神に求める事を神が下さるまで、あなた方がくじけなければ、あなた方もそれを知る事でしょう! アーメン!

私達は、来週の土曜日に再び断食をし祈ります。 もし私達と断食に加わる事が出来るならば、金曜日の晩の食事の後から、土曜日の午後5時30分に教会に来て共に食事をするまで、何も食べないで下さい。 土曜日に断食し祈る際に、あなた方が読むべき事柄を挙げます。 このリストは、このメッセージの最後に載せられています。 あなた方が家に持って帰れるよう、そのコピーを配ります。

私はあなた方をとても誇りに思っています! あなた方は素晴らしい方達です! あなた方が若者達のために断食し、そして祈るならば、彼らの多くが救われる事を私は信じています! チャン先生、どうか私達を祈りに導いて下さい。


1.   あなたの断食を(出来る限り)人に知られ無いようにする。あなたが断食をしている事を人々に言いふらしてはいけない。

2.   聖書を読む時間をもつ。使徒の働きの幾つかの聖句を(初めの方が望ましい)読む。

3.   土曜日の断食の間にイザヤ書第58章6節を暗記する。

4.   神が私達に十人もしくはそれ以上の、私達と一緒に教会に留まる新しい人達を与えて下さるよう神に祈る

5.   私達の教会の救われていない若者達の回心を祈る。神がイザヤ書第58章6節で告げられた事を、彼らにして下さるよう神に祈る。

6.   今日(日曜日)初めて来られた人達が、来週の日曜日に再び引き戻されるよう祈る。可能ならば名を挙げて祈る。

7.   来週の日曜日の朝と晩に、神は私が説教することを助けて下さることを祈る。

8.   十分水を飲む。毎時間コップ一杯ほど。もしコーヒーを飲む事を習慣としているならば、最初に大きなカップ一杯のコーヒーを飲んでも良い。ソーダ類、パワードリンク等は飲んではいけない。

9.   もし健康状態に疑問があるならば、断食を始める前に医師に相談する(私達の教会では、医師・クレイトン・チャン先生もしくは医師・ジュディス・ケイガン先生に相談する)。もし、糖尿病や高血圧等の異常のある人は断食をしない。土曜日は、これらの祈りのリクエストをただ祈る。

10. 金曜日の夕食の後に断食を始める。金曜日の夕食後から、土曜日の午後5時30分に教会で食事をするまで何も食べてはいけない。

11. 祈りの最も重要な事は、私達の教会の若者達が回心する事、そしてまた、最近入って来た新しい若者達が教会にこのまま留まる事を念頭に置く。

もしあなたがこの説教で祝福されたのでしたら、ハイマーズ博士に電子メールを送って下さい。 また、あなたの国の名前も記してください。 ハイマーズ博士の電子メールの住所は―rlhymersjr@sbcglobal.net (ここをクリック)。 どんな言語でもかまいませんが、もし出来るのであれば、英語で書いてください。

(説教終了)
ハイマーズ博士の説教は毎週インターネットでご覧になれます。
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You may email Dr. Hymers at rlhymersjr@sbcglobal.net, (Click Here) – or you may
write to him at P.O. Box 15308, Los Angeles, CA 90015. Or phone him at (818)352-0452.

これらの説教文書はコピー権で守られていませんので、ハイマーズ博士の許可無く使用
できますが、ハイマーズ博士の全てのビデオメッセージはコピー権で守られており、許
可無く複製・使用はできません。

アベル・プルードホーム氏による説教前の聖書の朗読:ルカ18:1-8。
ベンジャミン キンケイド グリフィス氏による説教前の独唱:
“Teach Me To Pray” (by Albert S. Reitz, 1879-1966).